剣術指導と日常

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あれから毎日新太に稽古をつけてもらい、 二、三度切り結べることも増えてきた。 自分が少しずつ成長しているようで、嬉しい。 それに、新太の動きが少し、追えるようになり楽しかった。 相変わらず新太は焦りもしないし刀も構えず、手加減をしているようだったが いつか必ず、焦った顔を見てやると意気込んでいる。 「弥彦、煮物の様子はどうだい」 隣で米の火加減を見ていたみつさんが俺に声をかける。 長屋で暮らし始めて、週に何度かみつさんに料理を教えてもらうのも日常になっていた。 「結構煮詰まってきた」 みつさんは料理が好きなのか、調味料などいろいろなものが家に揃っている。 今日は、里芋などを入れた煮物を作っているところだ。 甘辛い味付けがいい、と頼めば、そうかいそうかい、と快く教えてくれた。 鍋の中のタレは美味しそうな飴色だ。 「いい感じだね、って弥彦」 慌てた口調に驚いてみつさんを見上げると、視線は俺の腕に向かっていた。 「これどうしたんだい」 みつさんが優しくおれの腕を持ち上げる。 腕に大きな青あざが出来ていた。 今朝、新太に稽古をつけてもらっている時についたものだろう。 腕を打たれて木刀を落としたし、多分その時だ。 「新太に稽古つけてもらっている時に・・・」 「弥彦」 言いかけた言葉は最後まで聞いてはもらえなかった。 「私には、お武家さんのことは分からないけどね、 これは少し、やりすぎなんじゃないのかい 無理してるなら、私から新太さんに言ってやるから」 みつさんはしゃがんで俺と目線を合わせながら言った。 目にはありありと心配の文字が浮かんでいる。 その気持ちが少しくすぐったくて嬉しかった。 新太もみつさんも俺の怪我にすぐ気がつく。 この怪我だって、やった瞬間にすぐ冷やした手拭いを当てられた。 父上や母上よりも遥かにめざとい。 でも、本当に新太との稽古は自分の成長がありありと感じられて楽しいのだ。 これでみつさんから新太がお叱りを受けて朝の稽古がなくなったら困る。 なんとしてでも、みつさんの誤解を解かなければ。 「みつさん、 心配かけてごめん でも、新太との稽古は楽しくて仕方がないんだ だから見守ってくれると嬉しい」 意思が伝わるようにしっかりとみつさんの顔を見て言う。 みつさんは俺の言葉に少し安心したのか、はあーと長く息を吐く。 「分かったよ、 でも、手当ぐらいしなきゃだめだろ」 みつさんは、ちょっと待っときなさい、と言って居間の奥の箱を開ける。 その中から何かを取り出すとこちらに戻ってきた。 塗り薬だ。 腕を掴まれ、あざに塗りこめられる。 「前転んだ時に買ったのが残っててよかったよ、ほら、あげる」 塗りおわって、箱に戻された薬を渡される。 「え、でも」 返そうとしても、いいんだよと言って受け取ってくれない。 「ありがとう」 その優しさに少し胸が痛んだ。
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