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怪我と一条と
夜更け。
辺りが静けさに包まれて虫の声だけになった頃、土間に降りる音が聞こえて目が覚める。
「新太?」
うっすら目を開けると居間に腰掛けてわらじを履いている背中が見えた。
「寝とけ」
新太はこちらを振り返らずに一言答える。
「行くのか」
この時間に出るのなら人斬りの仕事だろう。
新太はいつもの着流しではなく、黒の袴を纏っていた。
「朝には帰る」
新太はこちらを振り返らず、戸を開けて出ていった。
月に何度かこんな夜がある。
夜、声をかけると新太はこちらを見ようとしない。
そのくせ、朝起きるといつもと同じ顔をして一緒にご飯を食べるのだ。
別に、行って欲しくないわけじゃない。
行くかどうかは新太が決めることであって、俺がどうこう言うものじゃないし。
俺は明日の朝、新太がいることを疑うことなく眠りについた。
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