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「弥彦、どうした」
よほど変な顔をしていたのだろう。
他の奥さんと話していたのに、わざわざこちらに来させてしまった。
「大丈夫だ、なんでもない」
みつさんがしゃがんで目線を合わせてくれるが、このモヤモヤを感じ取られたくなくて、目を合わせずに答える。
「弥彦、私の目をみて答えてごらん」
そんな返答でみつさんが納得する訳もなく、肩を掴まれ顔を覗き込んでまた問われる。
目があって、誤魔化すなんてみつさん相手にできるわけがない。
「新太が、帰ってこない」
ぽつりとこぼした。
「そうか、それは不安だったね」
みつさんに肩をさすられて、気づく。
俺は不安だったのか。
新太が帰ってこなくて。
そうだ。
不安で寂しかったのだ。
「いつから帰って来ないんだい?」
みつさんが俺の肩や頭を撫でながら優しく聞いてくれる。
「昨日の夜から、朝には帰るって言ったのに」
ちょっと拗ねるように言えば、みつさんはうんうんと頷いて撫でてくれる。
こんな時に優しくされると不安なのと安心したのが入り混じって、喉がぐってなる。
やめてほしい。
そもそも新太が帰ってこないからってなんでこんなに不安になってるんだ。
いつかは俺が殺すんだし、どこかで野垂れ死んでても関係ないはずなのに。
「弥彦、一条様のお屋敷に行ってみるかい?」
みつさんの言葉に俯いていた顔をあげる。
一条様?
「一条様は新太さんが用心棒として仕えている公家の方だよ」
俺が分からない顔をしていたのかみつさんが説明してくれる。
用心棒として仕えている公家。
人斬りとしての依頼をしているのもその一条とか言う公家なのだろうか。
それだったら俺の父上と母上、兄上を殺せと命じた人がいるところだ。
俺が行ったら殺されるんじゃないのか。
そう思うと少し怖い。
「いくかい?」
みつさんがもう一度聞いてくれる。
その言葉に頷いてしまう。
どうせ、あの夜に死んでいたであろう命だ。
今生きているのは新太が生かしたから。
ならば、新太が今どこにいるのか別に探してもいいか。
それで殺されることになっても。
新太を殺すのは俺だ。
そもそも新太はなんで人斬りなんてやっているんだ。
長屋の連中とも仲良くやっていて、あの剣術の腕前なら道場とかどこでも身を立てられるだろう。
それで敵討ちをすればいいのに。
「弥彦、おいで」
みつさんが俺を安心させるためにか手を引いてくれる。
もうそんな手を引かれる年ではないのに、その手は振り払えなかった。
「弥彦、ここだよ。
はあー、いつ見ても立派なお屋敷だねえ」
みつさんが門を見上げるのに合わせて俺も見上げる。
太い柱に青銅色の屋根がついている立派な門が聳え立っていた。
両脇にいる家士がこちらを不審そうに見ている。
ここが新太が用心棒をしていて、俺の家族を殺させた奴がいるかもしれないところか。
少し足が竦んだ。
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