奇妙な二人暮らし

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弥彦は男が出ていった戸を見ながら昨日のことを思い出していた。 弥彦の部屋は、母屋の片隅にあった。 夜寝ていると父上や母上が寝ている部屋の方から騒がしい声が聞こえた気がして目が覚めたのだ。 耳を澄ませていると静寂の中に衣摺れのおとが聞こえたかと思うと、刀を打ち合う澄んだ高い音が聞こえる。 弥彦はそばに置いてあった兄上のお下がりの木刀を引っ掴むと、音を立てないように父上と母上が寝ている部屋に急いで向かった。 しばらく聞こえた衣擦れの音と刀を打ち合う音は静まり、ただ虫の声と風の凪いだ音が聞こえるだけだ。 父上と母上の部屋の障子は人ひとり入れるほど、開いている。 ろうそくの明かりが隙間から漏れていた。 静かに近づいて、障子の影に隠れながら中の様子を盗み見る。 部屋の真ん中に男が一人佇んでいた。 男の刀からはぬめらと鈍く輝きを放つ血が滴っている。 闇に紛れる黒色の袴姿で、癖っ毛の長い髪を後ろに束ねていた。 「お前、人斬り闇夜か、覚悟!」 兄上が隣の部屋とつながる襖から飛び出て、その男に飛びかかる。 父上と母上の部屋の隣は兄上の部屋だ。 兄上も異変に気付いて状況を知ったのだろう。 男は兄上が振り下ろした刀をふらりと避けると、そのまま兄上の胴を切る。 圧倒的な技量の差だった。 兄上はそのまま前に倒れると指先一本たりとも動かなくなる。 男の刀についた赤錆色の輝きがより一層深くなった。 重苦しい空気の中、虫の音と風だけが時間が止まっていないことを教えてくれた。 床には後ふたり倒れている人影が見える。 父上と母上だろう。 二人の体の下に血溜まりが広がっていく。 ふと、男がすっと動いてこちらに体の向きを変えた。 気づかれている。 その瞬間何かに突き動かされたように弥彦は障子から飛び出た。 父上も母上も兄上も殺されてしまった。 自分にできることは例え死んでもこの男の首を取ることだけだと思ったのだ。 後ろに下がったら負けだ。 父上も兄上も死んでしまったならこの家に未来はない。 すなわち、俺にも未来などない。 死んでもいい。仇だけは取る。 それは、武士に憧れ、そして父上に憧れた自分が取るべき道なのだ。 やあ!という掛け声とともに飛びかかる。 まだ子供の自分に真剣などない。 振り慣れた木刀を振りかぶった。 男はそれを軽くいなすと、弥彦を蹴飛ばした。 父上の血溜まりの中に転げる。 血が頬や着物について気持ち悪い。 だが、まだ死んでいない。 「取れ」 そう言う男の目線の先には父上の刀があった。 手を伸ばしてその刀を持ち上げる。 考えることはただ一つ、仇を取ること。 初めて持った真剣は父上の血に濡れていやに重かった。 刀の切っ先が震える。 男がおろしていた刀をこちらに構える。 「来い」 その言葉が終わる前に男に飛びかかる。 また、いなされた。 男に傷一つでもつけなければ気がすまない。 もう一度。 そう思って飛びかかると同時に記憶は途絶えた。 そこで気を失ったのだろう。
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