奇妙な二人暮らし

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外が騒がしくなり、町が起き始めた音がする頃、戸に手をかける人影が見えた。 時間が経ち、少し動くようになった体を起こして戸の横の死角の位置移動する。 何が目的か分からないが、回復する時間をくれて良かった。 ここから飛びかかれば、相手の不意をつける。 逃げられる可能性も上がるだろう。 建て付けが悪いのか、木の軋む音がして戸がゆっくり開く。 来た。今だ。 「おじゃまするよー」 その声に飛びかかろうとした体を無理に違う方向に向けた。 いや、違うこの人は、 ダンと言う鈍い音と共に、体に衝撃が走る。 さっきやっと動けるようになった体にはこの振動は効く。 「一体どうしたんだい」 横の壁に体当りしたような形になって、 その人は驚いて一歩下がったが、すぐに心配して助け起こしてくれる。 この人は町人だ。 母様と同じ年ぐらいの女の人で、前掛けをしている。 「ちょっと、大丈夫かい?」 その人は土間に転がった俺を立たせて、ついたホコリを払ってくれた。 「すみません」 頭を下げると、びっくりしたよと言いながら頬を挟まれる。 こんな優しく触れられたのは初めてでどう反応して良いのか分からない。 固まっていると、その人は、俺の足元をみてあらまあと声を上げた。 「あんた、裸足で土間に降りてきたのかい 他も汚れているし、ちょっと待っときなさい」 ほらほらと促されて、居間のところに腰掛ける。 タオルと、あと桶ね。 新太さんってこういうところに気を回さないんだから、ねえ? と言いながら女の人は忙しなく動き始めた。 こんな風に世話をやかれたことがなくて呆気に取られてしまう。 俺も母上に可愛がられていたらこんな感じだったのだろうか。 あれよあれよと言う間に水が入った桶と手拭いが渡される。 「よし、ほらこれで拭きなさい」 言われるがままに足を拭くと その人は満足そうに頷いてそのまま居間の中まで追い立てられる。 「ご飯を食べたら、一緒に湯屋に行きましょう」 お味噌汁とか無くて申し訳ないけど、 そう言って目の前に出されたのは握り飯だった。 それを目にした瞬間、お腹が空いていたことに気づく。 その人を見上げて伺うと、どうぞと握り飯をこちらに少し近づけてくれる。 「いただきます」 あまり家から遠出せずに過ごしてきたものだから、握り飯は久しぶりに食べた。 こんなにも美味しいものだっただろうか。 情けないと思いながら、がっついてしまう。 「そんなにお腹空いてたのかい、 それなら昼はもうちょっと量は多めにしようかね」 そう言って肩を叩く手さえ優しくて、 昨日殺された母上はこうして触れてくることはなかったなと思い出した。
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