奇妙な二人暮らし

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「さて、弥彦くんで合ってるかい 私はこの長屋をまとめてるみつっていうんだけど、新太さんからお前さんのことを頼まれてるんだ ご飯が食べ終わったら厠や井戸の場所を案内するよ それと、着物を何着か見繕わないとね いいかい?」 最後の握り飯を食べ終わる頃、色々世話を焼いてくれたその人、みつさんは言った。 しかし、先程からみつさんの口から出る新太とは誰なのだろうか。 あの男が新太なのか、それともまた他の男のことだろうか。 「すみません、新太と言う人に心当たりがなくて」 そう言うとみつさんは分かりやすくため息をつき頭を抱えた。 「新太さん、奔放なところがあると思っていたけれど、自分のことさえ教えていないなんて… 悪い人じゃないんだけどねえ」 みつさんは、嘆いて、こちらに向き直る。 「新太さんはこの部屋に住んでる人で、お前のおじさんだって聞いてる 甥っ子を急に引き取ることになったから力を貸してくれって頼み込んで来たんだ」 甥っ子とは。 叔父だっているにはいるが、武士だ。 このような長屋に住んでいる人ではない。 甥っ子というのは、十中八九その新太という人のでまかせだろう。 ここに俺を置くための方便だ。 でも、なんでそんなことをする 殺されるか、売られるかだと思っていた。 これではまるで、俺をここに住まわせようとしているみたいじゃないか。 訳が分からない。 「その服だってその時に、子供用の服がないから貸してくれって言われて貸したもんだよ」 そう言われて改めて自分の格好を見る。 確かに服が変わっていた。 昨日の服は大分血を吸ってしまっていたし、もう着れなかっただろう。 しかし、これもそうだ。 売るなり殺すなりするなら、 服など借りなくてもいいはずだ。 本当にここに住まわせようとしているのか。 縛られてだっていないし、ここから出ていこうとすればすぐ出ていけてしまうだろう。 俺に何をさせたいのか。 分からないことばかりだ。 みつさんはその嘘に関わりはないのだろう。 俺を見つめていたみつさんと目が合う。 服だって言われたから貸してくれただけだ。 「ありがとうございます」 とりあえずみつさんに頭を下げると、助け合いってもんだよ、と背中を叩かれた。 その手はどうしてか、本で読んだような母親像を彷彿とさせる。 母上はこんなこと俺にはしてくださらなかった。 「まあ、新太さんには帰ってきたら、よーく言っておくさ 今は用心棒としてお仕えに出ているだろうし、」 「用心棒?」 俺が興味を持ったのが嬉しかったのか、みつさんは続ける。 「もとはお侍さんだったのかね すごい腕が立つんだよ それで、今は公家のお方の用心棒をなさってるって話だ。」 腕が立つ用心棒、 その言葉が、人斬り夜闇と重なる。 朝ここにいたあの男と、ここに住んでいるという用心棒の新太。 新太は人斬り夜闇と考えて間違い無いだろう。 なぜ、人斬り夜闇が斬り捨てる側の人間を甥っ子とまで偽って暮らそうとするのかが分からないが。 俺はなんのために生かされて、、、 「はい!色々考えてるところに悪いけど、私も忙しいんだ さっさと長屋の紹介をして、銭湯を済ませよう、ほら立って」 思考の奥に沈みそうなところを、みつさんに止められる。 「いくよ」 とつれられ土間に降りた。 土間には俺の足のサイズに近い草履が置いてある。 わざわざ用意してくれたのだろう。 「お下がりで悪いけど、それ履いて。 まずは、厠からだよ」 先に外に出たみつさんについて、部屋の外に出る。 外には同じような戸がいくつも並んでいた。
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