奇妙な二人暮らし

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あのあと、みつさんには長屋の厠の場所や井戸の場所を教えてもらい近くの銭湯にまで連れて行ってもらった。 みつさんはこの、すみれ長屋に住んでいる人たちのまとめ役で、家守らしい。 新入りだよと他の部屋の人にも紹介してもらい、目まぐるしい午前中を過ごした。 昨日の夜の景色が夢なのではないかと思うほど平和な日常が広がっている。 誰もが笑い怒り、騒がしく今を生きていた。 それなのに、俺の頭からは昨日の夜見たあの赤錆色の輝きが離れない。 気分は浮かないままだ。 お昼ご飯もみつさんに食べさせてもらったあと、あとは新太さんとちゃんと話しなと、もとの部屋に戻された。 午後は近所の子供と遊ぶか、とも言われたが 生憎、そのような気分にはなれない。 なんでここで、殺されず生かされているのか分からないが生きているなら儲けものだ。 生きているのならば、仇を取る機会はいくらでもある。 部屋を漁れば、昨日初めて握った真剣、 父上の刀が見つかった。 馬鹿め。それとも俺は脅威とも取られて居ないのか。 だが、それはどちらでもいい。 刀が見つかったことは僥倖だ。 息を潜めてやつの帰りを待つ。 あの男が帰ってくるまで時間はいくらでもあった。 その間に考えを巡らす。 ここであの男を討てたら、父上の知り合いの家に助けを求めよう。 一瞬今逃げて、先に助けを求めようかとも思ったが敵討ちを手伝ってくれるような家は思い浮かばなかった。 なにせ、仲良い家との交流も全て兄上が行っていたのだ。 どの家とどのくらい仲がいいのか、 そもそもどこに家があるのか、 それすらも知らない。 敵討ちが出来なくなるのなら、ここで討ち果たしてから自分を保護してもらえたほうがいい。 どうせ、幼い自分ではあの家は継げない。 どこかへ奉公に出されるか、 どこかの武家に間借りさせてもらうしか道はない。 それならば、家族の敵討ちだけは完遂しなければなるまい。 そうしなければ、父上も母上も黄泉の国でまたこちらを向いてさえくれないだろう。 死んでいても、一度くらいは褒めてもらいたいものだ。   体を硬くして、男の帰りを待つ。 刀は鞘から抜き、構えた。 着物の中には流しで見つけた包丁を仕込む。 不意打ちでもなんでもいい、 あの男を討つ。 いつの間にか高く登っていた日は沈み、もうすぐで闇が訪れる。 どこかの家からは美味しそうな匂いがした。 隣の家からは家族で楽しそうに団欒する声が聞こえる。 俺はここでも一人だ。 隣からは明るい声が聞こえ、俺のところだけ暗い。 何かあったら母と思って相談しなさいな と今日みつさんに言われた言葉が蘇る。 でもだめだ。 これは俺の武士としてのけじめと戦いだ。 深く息を吸い吐いて、乱れた心を整える。 ふと、外を歩く音が聞こえた。 来た、男だ。 戸に貼ってある障子越しに男が見えた。 戸が今朝と同じ様に音を立てながら開く。 俺はその影に勢いよく斬り掛かった。
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