奇妙な二人暮らし

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「あっぶねえな、こんな狭いところで刀なんか振り回すんじゃねえよ」 入ってきた男は俺の不意打ちなど微塵も気にしてない様子で取り押さえると、俺から刀を奪い、居間に放り投げていた鞘にしまった。 隙がない。 いや、諦めたら終わりだ。 まだ、武器はある。 袂からさっき流しで見つけた包丁を取り出し、こちらを振り返った男に向けて走り出す。 男は驚きもせずそのまま突っ立っているだけだ。 もう少しで届く。 そう思ったのに視界から一瞬で男が消える。 避けられた。 そのまま何かに足が突っかかって前に倒れそうになるが、包丁を持っている手を引かれ仰向けに居間に転がった。 「たく、子供が物騒なもんもってんじゃねえ」 男に馬乗りになられ、包丁を奪われる。 くそ、もう武器はない。 体術でこの男を殺せるほどの技量がないことは自分でもわかっている。 そこまで馬鹿ではない。 「人斬り夜闇」 そう憎々しげに呟くと、男は焦ったように口を塞いでくる。 なんだ、案外人間らしいところもあるんじゃないか。 なんて、男を見ながら呑気に考える。 取り押さえられたことで、逆に思考が冷静になり、沸き立っていた血が萎んでいくのがわかった。 「おい、ここ壁薄いんだよ、聞かれたらどうする」 おかしな男だ。 刀で斬り掛かられても、包丁で向かっていっても表情ひとつ変えないのに、 周りの長屋の住人に人斬りであることがばれそうになるだけでこの慌てよう。 おかしい通り越して、笑えてきそうだ。 「新太だ」 俺が少し体の力を抜いたのが分かったのか、男は俺の口から手を離して言う。 灯りもつけず暗い部屋の中、新太の目が俺の目を覗き込んだ。 「新太、なんで俺を生かしてる」 目を覚ましてから、それだけが全くわからなかった。 与えられた着物と飯、みつさんの優しさ。 この男がみつさんに頼んで用意したものだ。 ここで生きていける環境が整えられていくのを感じていた。 それに、新太が手加減しなければ俺は何度でも死んでいた。 俺の命は、昨日の夜も、今日の朝も今も、新太の手に握られている。 殺すのは簡単なくせになんで殺さない。 俺をここで生かす方が遥かに危ないし面倒なのに、なんで生かそうとする。 「剣筋がいいと思った、それだけだ」 少し間を開けて男が答える。 目を合わせようとしないし、嘘だろ。 本当は、と声をかけると新太は俺の上から退きながら肩をすくめて見せた。 誤魔化された。 男がふっと息を吐く。 「でも、剣筋がいいのは本当だ」 今度は茶化さずにいうから悔しい。 父上も母上も兄上もおれがいくら剣術を頑張ろうと誰も見てくれなかった。 初めて剣術を褒められて嬉しいと思う気持ちを無理に押しつぶす。 忘れるな、こいつは家族を殺した仇だ。
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