奇妙な二人暮らし

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弥彦の朝は、毎朝新太を殺そうとするところから始まる。 ちなみに、いつも刀を振り下ろす前に止められてしまい、傷をつけられたことはない。 それでもいつか必ず、 そう思い、新太がいないところでも精進を欠かさなかった。 手応えはないままだが。 新太がそうして起きると二人でかまどの前に立ち、朝飯の準備をする。 出来上がった味噌汁とごはんを食べて、新太は用心棒の仕事に、弥彦は寺子屋に行く。 そうして、弥彦は新太が帰ってくるまで木刀を振り 帰ってきた新太を襲うのだ。 ちなみにこれも手を変え品を変え試してみたが、新太に傷ひとつ、つけられたことはなかった。 「いや、一緒に暮らしているだけじゃないか!」 寺子屋の帰り、いつものように近くの河原へ行き木刀を振っていたが、 ここ最近の様子を思い返して、叫ぶ。 俺はずっと殺そうとしている。 朝と新太が帰ってきた夜と。 それと今なら行けそうと思った時には必ず。 でもすぐに新太に止められてしまうし、その新太がなんでもないような涼しい顔をしているから、暮らしている部屋の中はギスギスするまでもなく、優しい空気が流れていた。 こんなの、新太と一緒に暮らしているだけではないか。 みつさんはいつも気にかけてくれるし、 おかげで一人で飯を炊いて味噌汁くらいなら作れるようになった。 洗濯だって、今はできるようになったのだ。 どんどん長屋での暮らしに順応しているじぶんが怖い。 だが、と考える。 仇を取るという考えが変わるのかと言われればそうでもない。 仇を取るのは俺が武士の家に生まれた宿命だ。 それだけは変わることがない。 それならばやることは変わらない。 強くなって、余裕ぶっこいているあいつを討ち取ってやるのだ。 「弥彦、私、買い物行くけど一緒にまわるかい」 一心不乱に木刀を振っていると、みつさんが道から声をかけてくれた。 最近はみつさんと一緒に買い物に行き、おかずなどを買うのが日常になっている。 はい!と大きく返事をして、荷物を持ち上げて、みつさんのところまで走る。 「そんなに、急がなくてもいいよ、 それにしても弥彦はえらいねえ 同い年の男らなんかそこらへんで走り回って遊んでいるだけだろ」 みつさんの言う通り、長屋の同い年の子たちは家の手伝いをすることはあれど自由な時間は集まって駆けずり回っているイメージがある。 木刀なんかを振っているのは俺だけだろう。 「強くならなきゃいけないから」 そういうと、みつさんは悲しそうに微笑んだ。 「子供は楽しそうに笑っているのが一番だよ」 みつさんは力強く俺の頭を撫でる。 力が強すぎて、頭がガクガク振れるがみつさんのこの撫で方が俺は嫌いではなかった。
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