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 ふうううっう、もう少し息を吐いて──  よし、今だ。  メジャーを体に食い込ませる。  よっしゃ!  これでトップとアンダーの差が、26.5㎝。  すなわち晴れてHカップと名乗れる、わたし。  雑誌やネットで宣伝している、怪しげな豊胸グッズのたぐい。そんなグッズを、なけなしのお小遣いや少ないバイト代から工面してきた苦労がやっと報われた。  健康にいいという理由以外で、毎日何本の牛乳を飲んできたか。しかも、おっぱいの成長に良いと女子高生の間では都市伝説にもなっている『乳永乳業株式会社』製の牛乳を。  とにもかくにも、これで私もHカップ女子高生の仲間入りだ。  女子高生のやわらかな腹部に連なる、ちいさな丘のような可愛いおっぱいも私は好きなんだけど、やっぱり見上げるような大きな山を思わせる、破壊力抜群のおっぱいの方が男子高校生には人気があるのは否めない事実。  かくいう私が密かに思いを寄せている、天然ボケした幼馴染の太郎くん。  その彼の部屋にお邪魔したときに部屋の壁にどーんと貼ってあったのは、Hカップで有名なあのグラビアアイドルだった。  そりゃあ、女性から見ても山のように大きく張り出た胸は憧れちゃうけど。そんなの自然に大きくなるものだし、そもそも無理に大きくするものでもないし、と思っていたけど。  でも、彼の部屋で、これ見よがしにHカップのアイドルポスターを見せられたら、女としてはかちんと来るものがある。  だって、世間では貧乳とよばれるAカップの私が部屋に訪ねていくのがわかってるのに、部屋にHカップのポスターが貼ってあったら、まるで私に対する当てつけのように思えちゃうわけで。  よーし、こうなったらやってやろうじゃん、Aカップの丘からHカップのそびえ立つ山になりあがってやる。そして、二つの山をこれでもかとあいつに見せつけるんだ。私の乙女心にめらめらと赤い炎がともった。  でも、やっぱりHカップは重い。大きな山が二つ胸の前にそそり立っているんだもの。走れば揺れておっぱいのつけねが痛いし、立っているだけでもブラのひもが食い込む。  いやいや、こんなことで弱音を吐いちゃダメだ。これで彼の家に上がり込み、Hカップアイドルのポスターの横にすっくと立って、どっちが好きなの? と迫るんだ。  そんなことを考えて歩いていたら、駅の階段を踏み外した。  そう、Hカップの二つ山は自分の視線から足元を隠すのを忘れてた。  きゃっ!  ゴロン、ゴロン、ゴロン。  階段の一番上からすごい勢いで転がる私。  ああ、これで人生終わりか、おっぱいを大きくしようとした天罰か下ったのかも。やっぱり私の胸にはAカップが合うということだったのかも。  そう思って、私は意識を手放した。  * * * 「ほら、起きて! なに、うなされてるのよ?」  机にうつぶせになっていた頭を上げて正面を見ると、そこには小ぶりだがピンと上をむく制服に隠れた二つの山がどどーんと控えていた。  う、この胸は我らがクラスの委員長、美奈子ちゃんだ。  Hとは言わないけれど、これはGカップだろう。そんな迫力を持つ、勉強が出来て、メガネっ子で胸がでかい、そう、ラノベに出てくる典型的な委員長体形だ。    実は告白するけど、私の憧れの体形を持つひとりでもある。  そんな彼女が私の両肩をぎゅっと握ってぐいぐいと揺らす。  そんなことすると、あなたの胸も一緒に揺れちゃうよ。そんな心配をしながら口元から垂れているよだれを慌てて拭く。 「あれ、どうしたのいいんちょ」 「どうしたの? じゃないでしょ。しぬーしぬー、て、うなされてたから。びっくりして起こしたのよ。どうしたの、豊胸グッズの使い過ぎで胸が痛いの?」  う、私のAカップ脱却作戦は委員長に相談に乗ってもらってたので言い返せない。それに、確かに、グッズの使い過ぎで、最近おっぱいが痛いし。  待望のHカップになって、幼馴染の太郎くんに見せびらかそうとして、るんるん気分で駅に行ったら、駅の階段でこけて死にかけた夢を見た、なんて。  ぜーったい、言えない。  私が委員長の質問にどう答えようか悩んでいると、教室の後ろから、幼馴染の太郎といつも一緒にいる三バカの一人、俊二が教室の前に座ってる太郎に叫んでいるのが聞こえてきた。 「おーい。太郎。お前に預けてた、アレ。お前の部屋に貼らせてもらったHカップのグラビアアイドルのポスター、今日返してくれよな。大変だったけど、姉貴とかけあって、やっとポスター晴れる場所を姉弟で共有してる勉強部屋に確保できたんだ」  太郎が、俊二に返答しようとしてこちらに振り向くのと同時に、俊二の余計な一言が教室中に響く。 「Hカップのポスター邪魔だったよな、ごめんな。なんせお前はAカップの女の子が好きなんだって、いつもいってるしな!」  太郎は、俊二じゃなくて私の方を見てから、顔を真っ赤にして視線をそらす。  ──いらなくなった豊胸グッズ一式、家に帰ったら速攻ネットで売り払おう。  私は、委員長のニヤニヤした視線をさけるように、真っ赤になった頬を両手で隠してから、心に固く誓った。 (了)
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