追憶

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 その日から、僕は先生の下を訪れるようになった。尤も、多忙な先生であるからして基本的に週に一度なのだけど……それでも、束の間の貴重な休日を、こんな僕のために割いてくださるのが申し訳なく……そして、有り難かった。  先生は、色んなことを教えてくれた。担当科目の現代文のみならず、全ての教科に精通していた彼の助力のお陰で、僕は学校に通わずとも相応の学力を得ていったと思う。そして、高卒認定資格を取得し大学の門まで(ひら)けた。もちろん、学校に通うことの恐怖は相当にあったけど――それ以上に、先生のご厚意を絶対に無駄にしたくなかった。  ……いや、違うか。きっと、本音は――口に出すのも憚られる醜い本音は……ただ、褒められたかった。凄いね、頑張ったねって言われたかった。だって、僕は先生のことが――  だけど……流石に、言えるはずない。そんなことをしたら――身勝手にもこの気持ちを打ち明けたりなんてしたら、優しい先生の心に多大なる負担を掛けてしまうから。  ……いや、これも言い訳――ただの、体裁(てい)の良い言い訳に過ぎない。本当は、ただ怖いだけ。僕の、この気持ちを――この恋心(おもい)を知った先生に、どう思われてしまうのか。ひょっとすると、今のこの関係すら危うくなってしまうのではないか……そう思うと、どうしても言えなかった。……まあ、ひょっとしたらとうに気づかれてるかもしれ―― 「――さて、これで私も心置きなくお届けできますね」 「…………へっ?」  思考に沈んでいた最中(さなか)、ふと紗那(さな)さんの声で現実に戻る。……えっと、いったい何を届け―― 「――好きですよ、楓和(ふうな)さん。ずっと、ずっと前から好きなんです」
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