家出

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家出

ウォークマンから流れる音楽が変わる。 有名なシンガーソングライターの 少し前の流行曲。 江戸川区の篠崎。 ここには初めて来た。 標識がなかったら 此処が何処か分からなかっただろう。 葛飾の新小岩から ずっと歩いてきたから足が痛い。 途中で葛西臨海公園の観覧車が見えた。 今頃は家に警察が来て 保護者に話を聞いているんだろう。 家出だから、 まず探されることは無いだろう。 それより厄介なのは 帰ってからのこと。 衝動的に飛び出してきたから 家には帰らなくちゃいけない。 職員と話をして 園長先生ともお話をして。 私は施設に在園している。 児童養護施設。 親と暮らせないから 仕方なく。 でも、居心地の良い場所とは言えなくて、 たまにこうやって飛び出す。 夜はだいすき。 人は殆ど居なくて、 夜が自分の手の中にある気がする。 …寒いなあ、 4月だからといって 舐めていたら駄目だった。 雨も降っているから余計寒い。 来た道を振り返る。 ずっと真っすぐきたから 帰るのは簡単だ。 大きいため息をついて ユーターンする。 途中で酔っ払いに話しかけられても無視。 赤信号は誰もいないから無視。 青信号ならちゃんと手を上げて渡る。 工事のおじさんにあったらちゃんと挨拶。 夜の住人なら守るべきルール。 家に近くなってから 夜に挨拶する。 私の相手してくれてありがとう。 また会いに来るね。 夜は誰より優しい。 会いたくなったらいつでも迎えてくれて 寝たいときは寝させてくれる。 家の前に刑事がいてまた溜息。 どうせ生活安全課。 「…ちゃんかな?」 はい、そうでーすと答えながら 施設に入る。 帰ると案の定寝ないで 帰りを待っていた職員さん。 「…ただいま」 また会いに行くね、わたしのよる。
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