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犬飼さんとの会話はそれで終わらなかった。
「兄から、筒香さんにきちんとお礼をした方がいいだろうから、今度家に遊びに来てもらってと言われているのだけど」
その時の犬飼瑠衣利の言い方に少し棘を感じるなと思ったけど、そもそも塩対応が彼女の日常なんだっけ?と思い直していた。それにしても、なんで機嫌があまりよくないんだろう?そもそも、あなたの鞄を沈めたのは花園さんで、私じゃないんだけどなぁとは思ったけど。鞄をプールから拾ってあげたのに、なんでそんなに冷たい態度を取られるのか、意味が分からなくて。
でも彼女の様子から、なんとなくその不機嫌の理由は理解できた。ヤキモチってことだよね?お兄さんが他の女子のことを話すのが気に入らなかったっていうことないんじゃないかな?犬飼さんも可愛い所あるじゃない?なんか微笑ましい。
「何を笑ってるのよ?」
「なんでもない。犬飼さんの家に伺って、わざわざお礼って、そんなの必要ないから」
この私の言い方はかえって彼女のご機嫌を損ねる結果になったらしい。
「筒香さんのことを兄が気に入ったのかしらね?物好きよね」
なんか風向きが変わったぞ。物好きって何ですか?これって私のことをディスってますか?こっちだってムカついてくる。
「えっと、昨日、車を運転していたサングラスの人が犬飼さんのお兄さんでいいんだよね?」
「サングラス?昨日、そうね、確かにかけてたわね。そうよ、そのサングラスが私の兄の犬飼結仁だけど?」
「ほとんど覚えてないんだよね。私はお礼とかいいんで、宜しくお伝えください」
私はもう犬飼さんとの会話を切り上げたくなっていた。
「もしかして筒香さんは関心ないの?普通、兄に会うと、女子はみんな、『格好いいね』とか『紹介して』とか言われるのよ」
やっぱりそうか、犬飼さん、ブラコンなんだ。
「そうなんだね?ごめん、サングラスしてたという記憶しかない。車のドアを開けてもらったのは覚えてる」
「それだけ?」
「なんか耳元でごぞごそ言ってたから、どっちかというと気持ち悪かった印象しかない」
「気持ち悪かった?」
犬飼さんの不可解そうな顔が少し面白かった。ここで微笑んだら、また犬飼さんを怒らせそうだから、ここは我慢。
「変わってるのね、筒香さん」
「そんなこと言われたことないけど」
昨日の私は、ともかく早く一人になりたかった。車で送ってもらった最寄りの駅から足早に自分の家と向かって、部屋に着くなりベッドに突っ伏したもの。
犬飼さんと関わるなんて、なんか余計なことをしたっぽくない?そればっかりで頭がいっぱいで。花園さんたちにバレたりしてないかとか、バレても今まで通りやっていけるかとか。
つまり私は、自分のクラスでのこれからについて頭が一杯だったのだ。
今まで通り上手くやっていけるか、犬飼さんの鞄を拾い上げるなんて、もしかして飛んでもなくバカなことをしたんじゃないかって、そればかりがグルグル頭の中をめぐっていたから。犬飼結仁なんか本当にどうでもよかったのだ。
ベッドに突っ伏しているうちに、本格的に気持ちも悪くなってきていた。
そうか、初対面の人に「美来ちゃん」って耳元で呼ばれたからか?
違う違う。制服でずぶ濡れになったことで、ようちゃんの自殺未遂のことを思い出したからだ。
制服を着たままバスタブで手首を切ったようちゃんのイメージが頭の中に広がっていたから。
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