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ようちゃん
私には小学校の時は仲が良かったのに、進学した中学が一緒じゃなかったせいで疎遠になっていた友達がいた。
「ようちゃん、遊ぼ」
家が比較的近かった私たちは、小学校の時は夏休みだって毎日のように会っていたのに。進学した中学は違っても「ずっと友達」って言って別れたのに。ようちゃんは頭のいい子だったから中高一貫の進学校、私は受験をせずに公立中学に進んだ。中学の時の私は部活に忙しくて、新しく仲良くなった友達との時間も楽しかった。だから、中学3年になって、ようちゃんから「会いたいね」というメッセージをもらった時は嬉しかった。でも自分のことでいっぱいだった私は「いいね」だけ返してもそのまま放置していたのだ。そうすることに何の憂いを覚えることもなかった。もし、あの時、ちゃんと話を聞いてあげられていればあんなことにはならなかったのに。
「堀田さんって覚えてる?」
夕飯の時、母から最近聞かなくなっていた苗字を言われても、ピンとこなかった。そもそも「堀田さん」なんて呼んだこともなかったから。
「堀田紫央ちゃん。昔、仲良かったじゃない?」
「えっともしかして、ようちゃん?」
「そうそう。なんか自殺未遂したらしいのよ。お湯張ったバスタブの中で制服着たまま手首切ったとかで。幸い傷も浅くて、命に別状はなかったらしいんだけど、救急車が来て大変だったんだって」
「自殺未遂?」
「イジメが原因らしいわ。怖いわね。あなたのところは大丈夫なの?」
自殺未遂?何それ?その後は母の言葉が全く頭の中に入ってこなくなっていた。多分、あまりの衝撃で私の頭の中がフリーズしたんだと思う。
「会いたいね」・・・あれはもしかしてようちゃんからが私に助けを求めていたサインだったんじゃないかって。
ようちゃんの家には、昔何度か行ったことがあった。食事を切り上げた私は家を飛び出していた。ようちゃんの家に行かなきゃ。
周囲の景色は多少変わっていたけど、迷わずようちゃんの家を見つけることが出来た。インターフォンを鳴らそうと思って、指が止まる。何と声をかければいい?その後も、何度か、ようちゃんの家の近くまで行ったけど、結局インターフォンを押すことは出来なかった。メールでもしてみようと思うのだけど、どうやって何を書けばいいのか分からなくて。そうこうしているうちに、ようちゃんは引っ越してしまったらしい。
その内、ようちゃんはスマホを解約したのか連絡もとれなくなっていた。
その頃からたまに私は夢をみるようになった。ようちゃんが制服を着たままバスタブでずぶぬれになっている。手首から血が流れている、そんな夢だった。
私はあれだけ夢中になっていた部活も辞めた。「せっかくだから引退まで頑張ればいいじゃん」、そんな仲間の声にも耳を貸さなかった。いつの間にか、家に引き籠もがちになっていた。勿論、受験が近づいてきていたということもあるけれど。何か、ようちゃんにしてあげられたことがあるんじゃないかって、そんな後悔。
その後悔に押しつぶされそうだったことも事実。何もやる気になれなくて。でも私は高校受験を控えていたから、勉強をしなきゃいけないのに。そんな私に、どちらかというと放任主義の母も見ていられなくなったらしい。
「そんなにようちゃんのことが気になるなら、彼女の行ってた高校に入学してみたらいいじゃない?何か分かるんじゃないの?」
彼女が何に悩んでいたことが少しでも分かったら、私の後悔は少しは軽くなったりしないだろうか?
それが今の高校に行くことになったモチベーション。ようちゃんは私よりずっと優秀だったから、彼女の通っていた中高一貫の進学校に合格するのは大変だった。そもそもその学校は高校からの募集はかなり少数だったし。でも私はその学校にどうしても行ってみたくなっていた。そして私は受験を突破したのだ。
高校に入学して、ようちゃんの話を何人かの同級生にしてみたのだけど、箝口令が引かれているのか、それとも本当に知らないだけなのか、情報は得られなかった。一方で、犬飼瑠衣利というお人形さんみたいにキレイな女子生徒がクラスで浮きまくっている状況だけは把握できた。高校から入学してきたのは全学年の2割程度。各クラスに割り振られて、集団転校生みたいだねと高校から同じように入学してきた友達と話したくらいだったけど。
私は犬飼瑠衣利と一緒のクラスになった。どうにか内部進学者ともどうにか上手くやっていけるくらいになっていた。誰も彼女と親しそうに話すクラスメートはいないから、私も皆に合わせた。たまに犬飼さんは教室からいなくなる。保健室にいるらしいことは皆の様子から分かった。いつの間にか、私は何となく犬飼瑠衣利という生徒から目を離せなくなっていた。
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