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プールの一件の翌日、私も犬飼さんも通常通り通学した。周囲の視線がやや気になったけれど、誰かが何かを言う訳でもないので、表面上はいつも通りだった。それから何事もなかったように1週間が過ぎる。少し変わったことと言えば、クラスの女子数名が何度か職員室に呼び出されたことくらい。保健室の先生のところに報告行った方がいいのかと思ったけど、呼び出されているわけでもないし、説明のしようもないので放置していた。それより私にはすることがある。
「これ返す」
学校帰り、クリーニングしたワンピースを紙袋に入れて犬飼さんに渡そうとした。
「これは筒香さんにあげたものだから。気に入らなかった?私、1度だけしか着ていないし、新しいものだから。よかったらどうぞ」
「いやいや、なんか高そうだし。もらえない」
洋服のタグからお値段を検索して驚いた。とても一介の高校生が気軽に買えるものじゃない。
「じゃあ、取引しない?そのワンピースを差し上げる代わりに、今度家に遊びにいらして」
「犬飼さんちに?なんで?」
「兄にまた筒香さんをお茶に招待したらと言われたから」
「この前言ってたやつでしょ?断ったはずだけど。それにやっぱりお兄さんのことはよく覚えてないし、そんなに気にしてもらわなくても」
「車で筒香さんを送った時に運転していた人ぐらいの認識はあるんでしょう?」
「あぁ、あとサングラス、この前も言ったけど」
そこで犬飼さんがクスリと笑った。
「そんなことを筒香さんが言うから、ショックを受けたみたい」
「なんで?」
「兄は女性にとてもモテるから。そんな無関心でいられることは滅多にないのよ。だから今度こそ、ちゃんと認識してもらおうとしているみたい」
「きっとイケメン系だったのかもしれないけど、ほんと、顔覚えてない」
犬飼さんはちょっと楽しそうだ。この前とは違って、棘の抜けた言い方だった。
「それにもしウチにいらしていただけるなら堀田さんのこと、少しお話できると思うわ」
「堀田さんって?」
「堀田紫央さん、筒香さんと小学校のときご一緒だったのでしょう?クラスの子に一時期、聞きまくっていたでしょう?」
「知ってるの?」
「中学の時の彼女、知りたいのよね?だったら家に来て。そしたら教えてあげる。どう?」
「いつ?」
犬飼さんはようちゃんのことを知っている?それなら私は一刻も早く聞きたかった。さっきまでと違って前のめりになる自分を自覚していた。
「なんならこれからいらっしゃる?」
部活もしていないから、予定もない。
「うん、行く」
なんだ、こんなあっさり、ようちゃんのことを教えてもらえるんだ?
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