序章・雨は恋の味 ①

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序章・雨は恋の味 ①

折からの台風到来前、全校生徒に帰宅命令が出た。 藤の花小学校は丘の上に建っていて、亮太(りょうた)の自宅がある桜の森台は隣の丘なので、片道40分の道のりは小学生にとって過酷な通学路だった。 そんな辛い毎日の登下校を『こんな丘、全部削っちまえ』と、亮太は恨み節で呟いた。 というのも、台風上陸前に帰宅させられた筈が、何故か全身、首まで水没しているからである。 目力だけはやたらにある小学校1年生の亮太は、背がクラスでも一番低かった。 それでもまさかいきなり、こんな事になるとは予測していなかった。 丘を下って谷間を通ろうとしたら、途端に側道の川が氾濫して辺りは池のような状態になった。 ただでさえ小柄な亮太には、重いランドセルが苦痛な上に、首まで水が被っているとなると、ランドセルはハンパなく重量が増す。 完全に嵌まり込んでしまった亮太は、命の危険を感じ始めていた。 それは、周りの水流の勢いが増して来ているような気がしたからだ。 目の前のパン屋は閉まっているが、助けを求めるのはそこしかない。 「ヤマモトパンのおっちゃ~ん!助けてくれ~!俺、死んじゃうっ!死んじゃうよ~!」 パン屋は無人なのか、まるでシャッターが開く兆しがない。 「おっちゃ~ん!助け……ぐほぁっ!」 亮太の顔が、完全に水の中に潜ってしまう。 もう駄目か、と思った瞬間、両脇をグイッと持ち上げられ、水面が膝下まで下がる。 その脇の痛みから、誰かに持ち上げられているのが分かった。 「危ないなぁ。亮太。お前、溺れ死ぬところだったぞ」 「ヒデちゃん!」 亮太を救出したのは、斜め向かえに住む幼なじみの秀樹(ひでき)だった。 ヒデちゃんこと大谷秀樹は、バレーボールで一年生でありながら、全国高校選抜選手に選ばれる程の期待の新鋭であり。 秀樹は、その類い稀なる整った顔で全国のバレーボールファンを軒並みに増やし、アイドル並みに持て囃される程のスター選手だった。
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