クリスマスの秘密5

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クリスマスの秘密5

 でもそんな私を他所におじいさんは立ち上がり一歩前へ。背中を向けたまま声だけが聞こえて来た。 「多くの人間は大人になるにつれ不可思議な存在を合理的に理解しようとする。子どものように真っすぐ受け取りはしない。それはそれで素晴らしい事じゃ。だが中には信じ続ける者もいる。根拠は無くとも己の感覚に耳を傾け疑わない。君のようにな。太交(たじり)美沙君」 「どうして私の名前を?」  更に反対側へ首が傾く。  だけどそんな私へ追い打ちをかけるように、辺りはいつの間にか日が沈み夜になっていた。やけに皓々とした満月が照明代わりに街を照らし、そして上空から舞い降りてきた天使の羽のような雪。 「じゃが世界は意外にも不合理に満ちている。そもそも合理など人間が定めたものでしかない。この世界からしてみれば取るに足らない事じゃ」  電車が来たのか後方から音が近づいてくる。 「サンタクロースは子どもの絵空事か? いや――」  やってきた音は勢いそのまま私の横を通過し、その風で髪の毛がふわり踊る。  そしておじいさんはそのお腹とは相反した素早さでクルリ、私の方を振り返った。同時に着ていたコートが宙を舞いその服装は見慣れたものへと変わっていた。 「儂こそがサンタクロースじゃ」  赤い服と黒いブーツ、頭上に乗った三角帽子。その背後では真っ赤な雪舟とそれを引く二匹の馴鹿が馬のように前足を上げていた。それに加え星空と満月、舞い降る白雪。  それはまるで一枚の名画のような光景だった。
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