プロローグ

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 瑠衣はコホンと1つ咳払いをして、「次回の受診は先程説明した通り、来週の月曜日になります。忘れずにお越しくださいね」と言った。 「はい。大丈夫です」  彼は何度か頷く。瑠衣はさっさと次の仕事に戻りたい。そう心の中で呟きながら「お大事に」とだけ言って珀を見送った。  珀の背中が見えている内に、瑠衣はくるりと向きを変える。それからまたパソコンの前まで戻ると【退院確定】をクリックした。    やれやれ、これで今日の受け持ちが1人減った。今日は午後にオペもあるし、今の内にできることは片付けておかなきゃ。  瑠衣は一呼吸置いてから、ナーシングカートに乗っているアルコール消毒液をプシュプシュと左手に吹きかけた。  それを両手に擦り込んでいると「あー……堀江さんいいなぁ。日下さんのプライマリーなんて」と瑠衣を羨む声が聞こえる。 「まあ、若いし手がかからないですからね」  高齢者で認知症があったりすると、せっかく骨折部位が固定されたのに、突然歩き始めて転倒し、別の部位を骨折するなんてことにもなりかねない。  その点、27歳の男性ならそんな心配もないのだ。  整形外科に入院して新たに骨折して帰るなんてそんなバカな話はないからねぇ。なんて思っていると「そうじゃなくて! あんな美形と毎日接せられてご褒美じゃない!」なんて食い気味に言われた。 「ご褒美……ですか。でも私、ああいう顔面が整った人って苦手なんです」 「んま! 贅沢な! 自分が美人だからってぇー!」  キィーッと悔しそうな声を上げるが、言い方には笑いも含まれており、相手が本気で嫉妬しているわけではないことは瑠衣にも伝わった。  瑠衣は、少し目にかかった前髪をサイドに流すと「抗生剤の回収に行ってきますね」と逃げるようにしてその場を後にした。  受け持ち患者の病室に入った瑠衣は、入口のすぐ右側に設置してある鏡に目を向けた。  ほとんど左右均等の目の形。白目部分がよく見える大きな瞳。シュッと上向きに筋の通った鼻。ぽってりとした熟れた果実のような唇。  それから、余分な贅肉など一切ない美しいフェイスライン。  セミロングの髪はサイドを編み込み、後ろで三つ編みしたものをくるりと団子状にまとめていた。 「……美人、ね」  瑠衣は誰にも聞こえないくらいの声で呟いた。瑠衣自身が見たってそこには美人がいる。10年前には一切言われたことのない「綺麗」「可愛い」という言葉を周りは惜しげも無く与えてくれる。  バカみたい……。全部偽物なのに。  瑠衣はそう思ってから、軽く首を左右に振った。  今では自分の顔を気に入っている。鏡を見る度に可愛いと思えるようになったから。彼氏もできたし、結婚だってすぐそこだ。  これでようやく私だって幸せになれる……。瑠衣は、ここまで長い道のりだった。そう思いながら、今週末のデートを首を長くして待っていた。
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