相談相手

1/19
前へ
/21ページ
次へ

相談相手

 迎えた当日、瑠衣は目一杯オシャレをして家を出た。仕事中は髪をまとめていることが多いから、プライベート感を出すように髪を下ろしたし、引き締まった体のラインがしっかりと出るタイトスカートを選んだ。  1年の中でとても短い秋はきっとあっという間に過ぎ去る。夜は冷えるかもしれない。そう思ってカーディガンを1枚手に持っていくことも忘れなかった。  待ち合わせのレストランへ行くと、彼が先に席に着いていた。こんなことは珍しい。瑠衣が以前勤めていた脳神経外科の医師である彼は、当然忙しく中々スケジュールが合わない。  たまには自宅まで迎えにきてくれることもあったが、大体はこうやって目的地で待ち合わせをする。  いつもなら瑠衣の方が先に来ていて、彼の仕事が終わるのを待つのだが、今日は私の誕生日だから特別なんだと瑠衣も期待する。 「つばさ、今日は早かったんだね」  そう言って瑠衣ははにかみながら席についた。暖色の照明に包まれ、店内にはクラシックが流れている。  初デートで初めて連れてきてもらった思い出深いイタリアンレストランだ。  宇野(うの) つばさは、一重の細い目を伏せていた。ガッチリとしたガタイのいい体は、いつもなら大きく見えるのに、どうしてだか今日は少し小さく見えた。  あまり祝福する雰囲気ではないことを察し、瑠衣は不安そうに瞳を揺らした。思い出の場所で瑠衣の28歳の誕生日。もうすぐ付き合って3年の記念日。  これだけ条件が揃えば、そろそろプロポーズを意識してもいいのではないか。瑠衣が先程期待したのだって、隣の椅子に置いてある紙袋が目に入ったから。  そこにはきっとプレゼントと、プロポーズの為に用意した指輪が入っているに違いない。そう思ってしまった。 「あの……つばさ?」  瑠衣が遠慮がちに名前を呼ぶと、つばさは黙って紙袋に手を伸ばした。いよいよだ! と息を飲む瑠衣の期待を裏切るようにして中からはA4サイズの封筒が出てきた。 「え……?」  瑠衣は目を瞬かせる。も、もしやもしかして先に婚姻届けでも書かせるつもり⁉ とドキドキと鼓動が速くなる。  しかし、中から出てきたのは瑠衣が想像もしていないものだった。 「知り合いに頼んで瑠衣のことを調べたんだ。結婚も考えてたからさ」  そう言いながら差し出されたのは、瑠衣の顔写真だった。それも、今の顔とは似ても似つかない昔の写真だ。  瑠衣は、さあっと全身の血の気が引いていくのを感じた。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5203人が本棚に入れています
本棚に追加