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嫌そうな顔をする瑠衣に成美も苦笑する。ただ、成美にはその患者が悪い人間のようには思えなかった。瑠衣が1番言われて嫌なことを言わないし、店員という立場でありながら客の目も気にせずアプローチするくらいだからきっと素直な人なのだと思えた。
瑠衣のトラウマを考えれば、苦手意識を持つのは仕方がないことだが、善人に見せて調子のいい時ばかり優しくして、自分の都合が悪くなれば相手の気持ちも考えずに吐き捨てるような男よりよほどいいと思った。
つまり、成美にはつばさよりもその患者の方が人間性として優れていると直感的に感じたのだ。
柊斗に騙された過去があるから、その勘もあてにはならないと成美自身も思うが、どんな人間だって接してみないとわからないことには変わりない。それを瑠衣にはわかってほしかった。
「もしちゃんと話してみて、やっぱり無理だって思ったらその時はしっかりお断りすればいいじゃない」
「まあ……それはそうなんですけど」
どうにかして断ろうと思っていると、皿を持った瑞希がやってきて成美と瑠衣の間にそれを置いた。先ほどまでどこに行ってしまったのかと思っていたが、いつの間にか作り終わっていたようだ。
そこには牛肩ロースのステーキの上にスライスされたレモンが2枚乗っていて、肉の隣にはパセリが添えられていた。
更に柔らかそうに煮込まれたロールキャベツが置かれた。四角形に刻まれたトマトが数個乗っていて、トマトで煮込んだスープが鮮やかに見えた。
「おまたせ」
手際よく料理や食器を並べる瑞希。瑠衣は、目の前に置かれた料理を食い入るように見た。
「わぁ……洋食だ」
目をまん丸くさせて瑠衣は言った。まさか他人の家庭料理でこんなにも本格的な洋食が提供されるとは思っていなかった。
瑠衣も料理はする方だ。特に取り柄のなかった瑠衣は、料理くらいできないと嫁の貰い手がないと父に言われ、悔しい思いをしながら料理を学んだ。
だから、並ぶ料理が手の込んだものであることくらい理解ができる。
瑠衣はそのまま瑞希を見上げた。男性の作る料理なんてたかがしれていると勝手に思っていたが、自分よりも上かもしれないと危機すら感じた。
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