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プロローグ
清潔が保たれたナースステーション内を通り、ナーシングカートの前に立つと、瑠衣は開きっぱなしだったノートパソコンの画面を覗く。
電子カルテに本日分の記録を記載したことを確認すると、A4サイズのクリップボードに挟まれた用紙に目を移した。
『退院時チェックリスト』と書かれた用紙に続けてレ点を書き込む。
丁度その時、きゃあきゃあと黄色い声が大きくなっていくのが聞こえた。
瑠衣は大きな溜息をつく。「院内ではお静かに」なんて患者には言うくせに、看護師がこれでは世話がないと顔をしかめた。
本日は、瑠衣が受け持ちだった患者の退院日だ。荷物をまとめた彼がわざわざナースステーションまでやってきたのだ。
とはいえ、瑠衣はつい15分前に病室に忘れ物がないかの確認を終えたところ。27歳という若さで、ボストンバッグ2つの荷物を病室に置いてきたりはしないだろう。
手首につけたネームバンドは外したし、点滴の留置針がないのも確認した。テレビカードも抜いてあったし、次の受診予約日も伝えた。
あとは患者を見送るだけ。
瑠衣は、日下 珀様と書かれた名前をもう一度確認してから、声が上がる主へと近付いた。
「堀江さん!」
珀は瑠衣の顔を見るやいなや、ぱあっと明るい笑顔を見せた。瑠衣より1つ年下の彼は、黒目の大きいくりっとした丸い目を更に大きくさせる。
くっきりと二重の形を示し、並行の眉が少しだけ下がる。白い歯が廊下の照明を反射させて眩しい程に光って見えた。
とても今まで入院していたとは思えないほど、清潔感のあるセットされた髪と私服。今までは上下病衣を着ていたから、先程まで退院後の説明をしていた者と同一人物だとは思えないほど。
うわ……眩しい。顔面が整っていると、フィルター補正がかかっているかのように周りが光って見えるから不思議だ。
瑠衣はそう思いながらも、必死に笑顔を作る。
「日下さん、退院おめでとうございます」
「本当にお世話になりました」
瑠衣が笑顔で言えば、珀が礼儀正しく頭を下げた。そんな2人の様子を、全く関係のない看護師達が悔しそうに眺めている。
夜勤は朝9時で退勤だというのに、いつもなら定時でさっさと帰宅していく夜勤専従の女性看護師が10時退院予定の今現在も残っていた。
珀が退院するまで見送ろうという下心丸出しである。
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