2 金曜日 22時45分 倉持を拾う

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2 金曜日 22時45分 倉持を拾う

 倉持に彼女がいたと知って、柄にもなく動揺した。  枯れてるなと思っていた同じ開発部の子が、営業部の花形と恋人だと聞いた時だって、こんなに驚かなった。  倉持が誰かと恋愛するなんて、ちょっとだけ面白くない。   「――ほら、着いたよ、お水飲みな」    倉持を客室のベッドに投げ捨てて、疲労した背中や腰を伸ばす。  寝かしつけていると、倉持が頭をあげた。   「厨川……」 「何?」  ぼんやりとしたまま、縋るように私に手を伸ばしている。 「どした?」  思わず握り返した手を、倉持は跳ねのけた。どうやら手を握って欲しかったのではないようだ。   「くそ、なんで厨川に……」 「それはほんとに、ごしゅうしょうさまです。うんうん、こんな格好悪いとこ、私に見られるなんてね」  意地悪を言ってみても、反論がない。  焦点の合わない目でぼーっと一点を見ているーーっていうか、私の胸を見ている?   「――これもそれも、厨川のせいだ」 「なにが?」 「俺は、今でも()()が夢に出る」 「あれ? それって、倉持が落ちた大学に、私が受かっちゃったこと?」 「違う! 冬休み前のことだ」 「ああ、あれか――」  あれは、高校三年の冬休み前。  クリスマスツリーを見に行きたかった私が、倉持に無理を言ったことがあった。  新しいショッピングモールに巨大なクリスマスツリーが飾られていて、これは無理してでも見なければと、過密な受験勉強の合間に、おでかけの計画を立てた。  みんな忙しそうにしてるから、誘いづらい。だから、ほとんど進路の決まっていた倉持を連れていこうと思っていた。  間が悪いことに、暇なはずの倉持は、その日、考古学仲間の教授に、発掘の手伝いに呼ばれていた。 『その日は無理』  土器や、鏃の写真が載っている分厚い本に目を向けながら、日程だけを聞いて断った倉持は、すごくそっけなかった。  倉持には進学して、もうすぐ離れ離れになる親友よりも、大切なものがある。それは重々承知していたはずなのに。 『発掘行かないで、一緒に買い物行ってくれるなら、おっぱい揉ませてあげようか?』  なんであんなこと言ってしまったんだろう。  今思い出しても、頭を抱えて転がりたい。  私だって、倉持がおっぱいにつられると本気で思っていたわけじゃない。発掘に勝てる強力な手札をとっさに思いつかなかっただけだ。  行くとも、行かないとも答えず、倉持は驚いた顔をして、少し考えた後、私のブラウスの胸元に手を伸ばした。そのままキッチリ1センチ浮かせたところで止まって、難しい顔をしている。    何かしらの答えが出る前に、私は辛うじて、自分が作り出したおかしな状況に気がついた。  あの時、笑って誤魔化す以外に、親友との変な雰囲気を払拭する手があったとは思えない。 『あはは、冗談、冗談! 発掘に行った方がいいって。有名な教授が呼んでくれたんでしょ? それに、私の胸揉んだって、倉持は幸せになるタイプじゃないって! 彼女できるまでは、がまん、がまん!』  結局、鏃や土器に敗北した私は、一人でクリスマスツリーを見に行った。  あの時のモヤモヤは、まだ心に残っている。 「そっちはただ、からかっただけなんだろうけど、俺にしてみれば、トラウマだ!」  倉持は、呂律を怪しくして、私に指を突き付ける。 「別にからかったわけじゃないよ」  だからといって、交換条件に不適切なものを挙げてしまったのだと、説明するのも違うような気がする。  倉持はますます暗い顔だ。 「あれから、お前のせいで散々だった」 「だってさ、私、倉持とツリーが見たかったんだよ」 「ほら、たちが悪い。せめて完全なる悪意であれよ」    これだから厨川は、と頭を抱える倉持に、何を言ったらいいか分からない。 「恋人でもない男に、そういうこと言うの、良くないからな。わかってるのか?」 「それは私もそう思うし、倉持にしかしてないよ」 「だから、そういう所!」  倉持はアルコールですっかりダメになった頭で、ぶんぶんと首を振る。  こっちだって青天の霹靂だ。あれがトラウマと呼ばれる程のことになっているとは思っていなかった。 「……もしかして、彼女と上手く行かなかったの、私のせい?」 「そんなわけあるか! あれは全面的に相手の男のせいだ」 「じゃぁ、私のせいってなに?――まさかED?! 女性恐怖症になっちゃったとか?」  それなら、彼女と精神的な繋がりだけだった辻褄が合う。  おそるおそる倉持の下半身に目をやると、布団を引き寄せて隠す。 「違う!」 「違うの? じゃあ、どうしちゃった?」 「そんなの、言えるか……」  倉持は語尾を濁して、そのまま黙りこんだ。 「だって、私のせいなんでしょ?」 「そうだよ。だから……もう、俺にかまうなよ」 「え、もしかしてだけど、倉持って、私のこと嫌ってた?」 「は?」    倉持が、怒った顔で私の肩を掴むけれど、その握力は弱い。 「いいか、あのあと、俺は……」  私を睨みつけながら、ふらふらと頭を揺らす。ちょっと目の焦点があってない。  何かを言い終える前に、倉持は崩れるように布団に沈んだ。 「おーい、倉持?」    倉持はピーとかスーとか、鼻音を立てて眠り込んでいた。  急性アルコール中毒、ってことはないだろうけど、あまり安らかな寝顔ではない。  それにしても、倉持が自分のことを厭わしく思っていたかもしれないなんて、考えたことがなかった。 「どうしよう……私、倉持に嫌われてたのかも」
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