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そこは別世界だった。
朝焼けのような暖色のライトが夜の星みたいに店内を照らしている。中央付近には3人掛けの丸テーブルが等間隔に並べられ、上には紙ナプキン、砂糖や塩が入っているであろうガラスの小瓶が置かれていた。窓際にある観葉植物や小物は色光を浴びて玉虫色に染まり、もはや別の何かだと錯覚してしまうほどだ。その近くの壁にかけられた絵画にはどこまでも続く景色が広がっていて、店内に漂う閉塞感を緩和していた。
…ああ、すごい。
この空間に存在する全てのものが、この世界を創っているんだ。ここまで創り上げるのに、いったいどれほどの時間をかけたのだろうか。きっと私がこの喫茶店を訪れるまでに費やした時間なんて、この世界の歴史の秒針すら動かすことはできないのだろう。それほどまでに、ここは完成されていた。
突然、背後からバタンと鈍い音がして、私は我に返った。
振り向くと中途半端に開けていたドアが閉まっている。
びっくりしたぁ。
安堵の溜息を吐く。瞬間。
「何をしているんだい」
今度は正面から声がした。
その声は年老いた女性の声だったが、ガサガサとしゃがれたものではなく、耳にスッと入ってくる低い声だった。
反射的にそちらを向く。
入ってきたときには、まだ暗闇に目が慣れていなかったのだろう。店の奥にはカウンターがあり、そこに肘を立てて、こちらを見定めるように見るお婆さんの姿があった。
いや、怖すぎでしょ。歴戦の猛者って感じなんだけど。喫茶婆場って、そういうことなんだ。そのままの意味なんだ。
「嬢ちゃん?」
お婆さんは無言で突っ立っている私に怪訝な表情を浮かべる。
あ、やばい。何か言わないと。こういうときは、こういうときは…。
「突然、すいません! 私は大葉蜜といいます。ずっとこのお店が気になっていて…気になっていて、来ました…!」
ああ、めっちゃ睨んでる。そりゃあ、怪しく見えますよね。そうですよね。
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