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「…座りな」
私の必死さが伝わったのか、お婆さんは座るように手招いた。離れたテーブル席に座ると怒られそうな気がしたので、そそくさとカウンター席に座る。
「コーヒーでいいかい?」
「…はい、大丈夫です」
注文を聞いたお婆さんはカウンターの下から、市販で売られている分厚い食パンが入った袋と黄白色のどろっとした何かが入れられたガラス瓶を取り出した。食パンを1枚取って半分に切り、トースターに入れてタイマーをセットする。
ここも他の喫茶店と同じで飲み物を頼むとパンがセットでついてくるんだ。
じゃあ、あれはなんだろう。
不思議に思っていると、視線でそれを察したのか、お婆さんは言った。
「ピーナッツバターだよ。ジャムみたいにパンに塗るやつさ」
「へえ、ピーナッツバターなんですね」
言われてみれば、確かにそうだ。ラベルがなかったから、わからなかったなぁ。
何気ない会話はそこで終わり、ふと気になって周りに目を向ける。
お婆さんの背後にある壁棚には、たくさんのコーヒーカップが並んでいた。
形、色、大きさ。あたり前だけど、同じものはひとつもない。カウンターにはテーブルと同じように紙ナプキンなどが置かれていた。
そういえば、ここにはメニュー表がない。コーヒーが好きだからコーヒーにしてしまったけど、他にも珍しいものとか、ここにしかないものとかが、あったりするのかな。
そんなふうに思考を巡らしていると、お婆さんが口を開く。
「嬢ちゃんみたいな若い子を相手するのは久しぶりでね。どうやってここを知ったんだい?」
「噂で聞いたんです。この町には幻の喫茶店があるって。だから自力で探しました」
「へぇーそうかい。大変だったろ」
「はい。見つけるのに半年かかりました」
お婆さんは小さく笑った。
ああ。この人はいい人なんだろうな。見た目で判断してしまったけど、こんな私を客として扱ってくれた時点で、気づくべきだったな。
…聞いてみてもいいのだろうか。
「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」
「なんだい」
「どうして、雨上がりにしか店をやらないんですか?」
お婆さんは少し考える素振りを見せてから、言った。
「そうだねぇ。コーヒーができるまで、もう少し時間がかかる。それまでの暇つぶしとして、考えてみるといいさ」
そう言うとお婆さんは仕事に戻った。
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