あふれゆくままに

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 深夜に震える音。  レム睡眠とノンレム睡眠の間を揺蕩う時間。  暗闇の中を手探りで音のありかを探した。    瞼が半分塞がったままで画面を確認すると、送信元の名前に脳が覚醒を指示してきた。  虚な目で画面に触れ、指先でタッチしようとしても、まだ夢の中だから空振りしてしまう。  三回目でメッセージアプリを起動でき、名前をタップした。   『ごめん、寝てた?』 「大丈夫、うとうとしてただけ」  寝てた——けど、正直には書かない。 『よかった、明日が楽しみでさ。ちょっと眠れなかったんだ』 「俺もだ。水族園なんて小学生ぶりだし」  明日が楽しみ——何それ、可愛すぎるだろ……。 『俺も、俺も』  文字と一緒に、笑顔の男の子のスタンプ。  スマホを片手に、イラストと同じように微笑んでいる顔を思い浮かべた。 「絶対にイルカとペンギンは見るんだって言ってたもんな」  イルカに水をかけられたら嬉しそうにはしゃぐんだろうか。  きっと、その姿はとてつもなく可愛いだろう……。 『鉄板だろ? 君はクラゲ推しだよね』 「癒されるからな」  二人でクラゲの水槽の前で写真を撮ろう。これは絶対遂行だ。  メッセージを打っている間に、クラゲのスタンプが届いた。  こんなの持ってたのかと聞きたくなったけれど、それは会った時に言いたい。 『でさ、帰りにすぐ近くの海にも行かない?』   「ああ、行こう。今の季節だと暑くも寒くもないしな」  海……。最高のデートコースだっ。 『俺、小さい頃からシーグラス集めてるんだ。もう金魚鉢に半分くらいは溜まってる』    俺がもっと増やしてやる──って打ちたかったのに、まだ寝ぼけていたのか、意味不明な文字を送信してしまった。すぐに、ミスったと送ったけど——。 『もしかして眠い? もう、寝よっか』 「まだ話したい」  やっぱり眠そうなのがバレている。でも、まだ続けたい。学校で話せるけど、顔も見れるけれど、文字のやり取りはひとりでいる時に繰り返し眺めることができる宝物だ。 『でも、明日会えるし。今日はもう寝よう』 「眠いのか?」  返ってくる答えがわかっていて書いた。 『眠くない。じゃ、あと一回、やり取りしたら切るよ』 「ああ、あと一回な」 『あれ、これって一回に入る?』 「入んないよ、次に送ってくれて、俺が返事したら今日はおしまいだ」  おしまい……。嫌な言葉だな。  本当はもっと続けたい。でも、明日になれば顔を見て話せる。 『よかった、じゃあこれがラスト一回だね。えっと、なんて書こう。あのさ、水族園行くって俺のリクエスト聞いてくれてありがとう』 「俺も行きたかったんだ、お前とな」  そう、行きたかった。お前とならどこへでも……。  学校で毎日会えるけれど、制服じゃないお前と一緒に出かけたかった。 『嬉しい。ありがとうって、あれ、あと一回だったのにまた送っちゃった』 「じゃ、あと一回だけな。それで続きはまた明日だ」 『うん、あと一回』 「あと一回な」  明日会う前に夢の中で続きを交わそう、あと一回って……。            
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