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いま、ここにない危機
「うーん、惜しい。ここはスプーンにして欲しかった」
人気のないオフィスで背徳感に悶えつつスイーツを取り出した私は、名も知らぬコンビニ店員に苦言を呈した。
新人っぽい店員が新製品『クリームレアチーズケーキ』に添えて寄越したのは、半固形状スイーツのお伴として最適とは言い難いフォークだった。
「えーと、確か引き出しのどれかに余ったコンビニスプーンを入れといたような覚えが……」
私はよく使う一番上の引き出しを開けると、中をあらためた。だがごちゃっとした文具の山を弄ってみても本命のスプーンは一向に姿を現さなかった。
「もお。何で使うって時に限ってでてきてくれないの?」
私は仕方なくあまり開けることのない二番目の引き出しに手を伸ばした。予想通り、中にスプーンらしき物はなく、代わりに見慣れぬ備品が視界に飛び込んできた。
――なんだろう、これ。
私は引き出しを引くと、隠すようにしまいこまれていた謎の備品をあらためた。
「手帳? ……じゃないな、小型PC?」
私は皮のカバーがついた端末と高級そうなペン型記具をしばらく眺め、やがて元に戻した。
ペンの方には『EA』の筋彫りがあり、私は叔父が愛用していた文具に違いないと直感的に思った。
――叔父さんの私物かな。……でも、事務所の備品じゃないのなら、たとえパスワードを知っていたとしても中を見るべきではないだろう。
私は中を見たい衝動を振り払うと、職員共用のティースプーンを取りに戸棚へと向かった。
※
私の名前は、汐田絵梨。
今年大学を出たばかりの、社会人一年生だ。
職業は、探偵だ。私の勤務先は『絶滅探偵社』(自分で言うのもなんだが、最悪のセンス!)という小さな調査会社で、私は新卒の身であるにも拘らず、そこの所長を仰せつかっている。「ボス」という人聞きの悪い呼び名は、部下が私を呼ぶときの通称だ。
元々は叔父の興した会社だが、肝心の所長が海外で行方不明になってしまい、叔父が残した手紙の中に私の名があったことからあれやこれやで二代目を拝命することになってしまったのだ。
探偵社の社員は私も含めて全部で六名。超零細企業だが五名の部下は皆、独自の能力を持つ優秀な調査員だ。ほかに掃除等の雑務を請け負っている女性がいるが、この女性もまた、他の調査員たちにひけを取らないほど「できる」人物だ。
私はこの『絶滅探偵社』に興味本意で飛び込んだその日から奇怪な事件に巻き込まれ、短い調査期間内にとんでもない挫折と冒険を味わうこととなった。
危険を伴う調査に両足を突っ込みながら私が今も無事でいられるのは、我が信頼すべき精鋭たちのお蔭と言ってもいい。
他の探偵社がどんなやり方で調査をしているか、私は知らない。だが、こと奇妙な事件に関して言えば、わが社を上回る調査力を持つ同業者はいないと言いきれる。
――そう、わが社は一般的な能力はともかく、こと特殊な調査能力に関する限り――
――探偵以上、なのだ。
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