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天の舞台はすべて苔
「――きゃっ」
私たちを圧倒的な力で引きずった「触手」は、ドーム型の空間に私たちを誘ったあと唐突に縛めから解放した。
床に開いた穴にしゅるしゅると吸い込まれ消える触手を見ながら、私はこれからどんな扱いを受けるのだろうという恐怖でその場から動けずにいた。しばらくして警戒しながら立ち上がった私は、部屋の壁に「埋め込まれ」た三つの物体に思わず悲鳴を上げそうになった。
「こんな……どうして?」
全身に緑の触手を絡みつかせた状態で壁の穴に「埋め込まれ」ていたのは、多草教授と花菜、それに羽月雛乃の三人だった。
「まさか……全員、『サイコネフィス』に取り込まれちゃったなんて!」
早くも敗北を覚悟しかけた私は、ふとあることに気づき三人が埋め込まれている壁の方に近づいていった。
多草教授の脇腹近くの壁に僅かな裂け目が生じたかと思うと、そこからあたりをうかがうようにゆっくりと拳がせり出してきたのだった。
――何をしたいのですか、教授?
私が心の中で問いかけると、教授の「拳」が開いて中から変異株のサンプルが現れた。
――あれは『死滅株』だ! 保管庫から出して自分で持っていたんだ。
私は『サイコネフィス』に悟られていないかどうか、そっと周囲をうかがった。
――よし、大丈夫だ。あれを無事に受け取ったらまだ私たちにも勝ち目はある。
私がすり足に近い動作で教授の前に歩を進めようとした、その時だった。ふいに足元の床が粘液のように私の足首を捕えたまま沈み込んだ。
「――わっ」
その場に膝をついた私は、同時に壁から現れた多草教授の「手」が再びじわじわと壁に吸い込まれてゆくのを目にした。
――もう少し頑張って! この機会を逃がしたら、二度と『サイコネフィス』を倒すチャンスはないの!
私が絶望の中、無駄と知りつつ手を伸ばしたその時だった。多草教授の手からふわりとサンプルが浮きあがったかと思うと、そのまま空中を移動して私の手の中に収まったのだ。
「――石さんね?」
私が背後を振り返ると、石亀が息を荒くしながら「少々手こずりましたが、うまくいきました」と言った。
「後はここを脱出して『緑衣の塔』に行くだけね。ええと、出入り口らしきものは……と」
私が改めてドーム型の空間を見回した、その直後だった。天井からどろりとした粘り気のある物質が頭上に滴り落ちてきたかと思うと、あっという間に私たちを呑みこんでそのまま上へと運び始めた。
「んうううっ」
ゼリー状の組織の中を移動させられた私は、しばらくすると今度は唐突に放り出された。
「……ここは?」
周囲の床は変わらず緑に覆われていたが、上に天井はなく薄曇りの空が広がっていた。
――ここは……屋上? いや、違う。
外側にぐるりと崩壊した壁の一部らしきものがあることから、私はここが屋上ではなく破壊された五階である事を悟った。
――こんなところに連れてきて、一体どうするつもりなのだろう。
ふらふらと立ちあがった私は視界に飛び込んで来た「物体」を見た瞬間、驚きの声を上げた。天井を突き破り立っていたのは、七年前の数倍はあろうかという『緑衣の塔』だった。
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