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黎明の女 模索中の所長
「えーと石さんは手羽先と大根のピリ辛煮、ヒッキは棒棒鶏のごまだれサラダ、テディは……」
私が早めに事務所に来て慰労会の支度をしていると、扉が開く音がして思わぬ人物が姿を現した。
「あ……雛乃さん」
「わあ凄い。これって全部、汐田さんが作ったの?」
「ええ、まあ……事件が片付いたらお惣菜でパーティーをすることが何となく習慣になっちゃって。私がそうしてるっていう話もありますけど」
「へえ、私なんかまったく料理ができないからうらやましいな。……あっ、このポテサラ端っこひと口頂いてもいいかしら」
「いいですよ。テディはもっと食べるから、また作り足します」
「えっ、荻原さんポテサラ好きなんだ。ちょっとギャップがあるなあ」
私ははっとした。この人はテディの好みを知らないうちに辞めてしまったのだ。私は少しだけ、胸の内でほくそ笑んだ。
「ひょとして、全員の好みを知った上で作ってらっしゃるの? だったらすごいわ」
「一応、そうです。でも結構みんな、その時々で好みが変わったりして我儘なんですよね」
「ふうん……いいなあ」
「なにがです?」
「今、あなたすごく幸せそうな顔してる。これもきっと、所長の人望のうちなんだわ」
「えっ、これがですか? そうかなあ」
「あなたっていつも本当に、肝心なことに気づかないのね。ああ、一緒に働きたかったな」
何だかわからないが嬉しそうに言う雛乃を見ているうちに、私は「ひょっとしたら、今の私はこんな感じでいいのかもしれない」とよくわからない自己肯定を覚え始めていた。
「雛乃さんも、慰労会に参加しませんか? 今回のことでは本当にお世話になったし」
「うふふ、ありがたいけど、いつものメンバーでやった方がいいわ。その方が結束が強まるもの」
雛乃はそう言うと、「実はね、二、三カ月ばかり海外でお仕事をするの。それでこの事務所にもちょっとお別れを……なんてね。もう調査員じゃないのに」とはにかむように笑った。
「そうだったんですか。海外で叔父を発見したら、早く戻るように言ってくれませんか」
私が冗談を口にすると、雛乃は「あら、私だったらきっと逆のことを言っちゃうと思うわ。二代目が完璧な仕事をしてるから、当分戻らなくても大丈夫ですって」と返した。
「それ、たぶん七年後くらいの評価だと思いますよ、雛乃さん」
「了解。じゃあ七年経ったら戻ってきてもいいです、に変えるわ」
雛乃はあちこち動画を撮った後、上機嫌で扉の外に消えて行った。
――なにも過去に嫉妬することはない、これから私だけの歴史を作ればいいのだ。
私は一人でくすくす笑うと、ポテサラの量を増やすため予備のじゃがいもとマヨネーズをバッグから取り出した。
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