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そんなテニスクラブも、六月いっぱいで一度辞めることとなった。流石に受験勉強に身を入れないとまずい。進学後に再開するか否かはその時決めることとして、七月からは一気に自由時間が増えた。まあ、その時間を勉強に宛てる必要があるんだけど。
「そういえば、津守、テニスは行かないんだよね。真っ直ぐ帰るの」
七月一日の放課後の教室で、肩に鞄を掛けた椎名が僕に話しかけた。
「まあね」
「なら、一緒に帰ろう」
僕はぽかんとして、椎名を見返す。確かに彼女の家と僕の家は、同じ方角だ。
「いや、流石に……」
「どうして?」
中三にもなって女子と二人きりで下校するなんて。恋人同士なら当然だけど、友人同士でなんて、僕は想像していなかった。
しかし、どうしてと尋ねられた僕は言い澱む。「そりゃ、まあ」煮え切らない僕の顔を覗き込み、椎名は不思議そうな表情を見せる。
「噂とか立てられるかもしれないし……」
「うわさ?」訝しそうに眉を寄せた彼女は、声をあげて笑った。「そんなの気にしてんの」
「そんなのってなんだよ」
「そしたら、違うって言えばいいじゃん。だって、ただの友だちでしょ。契約のこと忘れた?」
「忘れてなんかないけど」
彼女の呆れた声音に、自分が硬派過ぎるのかと不安になる。一方で、契約書を思い出して少し安心する気持ちもある。僕らはどう転んでも、ただの友だちだ。そしてどこかに転がるつもりは、僕らのどちらにもない。俊輔みたいな奴は、背中をどついてやればいい。
そして僕らは並んで通学路を歩いた。
いや、やっぱり恥ずかしい。同級生の脇を通り抜ける時、僕は咄嗟に俯いてしまう。こりゃ、絶対誰かに何か言われるぞ。そんな僕の心配などどこ吹く風で、椎名は別れ道までずっと平気な顔をしていた。
家に帰ってから、僕は明日クラスメイトに茶化される想像をして、憂鬱な気分だった。別に椎名のことは嫌いじゃないし、話していると楽しい。ピリオドについて語れる貴重な友だちだ。
悶々と考え、僕は一つの答えに辿り着いた。そうだ、もやもやするのは、彼女に振り回されているからだ。契約書の段階から椎名のペースに巻き込まれ、なんだかんだでそれを良しとしてしまっている。もっと自分を主張しなければいけない。そして、友だちだといっても、もう少し距離を置くべきかもしれない。ちょっと寂しい気もするけれど。
宿題に全く手をつけず、机の前で意思を固めていると、横のベッドに放っていたスマホが鳴った。メールの通知音だ。伸ばした手にスマホを取り、メールの送信元を見て心臓が跳ねる。五月の末に抽選を申し込んだチケットの販売会社からだった。
突っ立ったまま、目当てのメールをそっとタップする。時間を置けば、不安に潰れて結果が見られない気がした。
――厳正なる抽選を行いました結果、チケットが「当選」いたしました。
一斉送信の味気ない文面には、そんな文言がぶら下がっていた。
一分前の葛藤を忘れた僕がまずしたことは、椎名に連絡を入れることだった。
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