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 午後五時前、僕らは近所の公園で待ち合わせ、周囲を軽く走ることにした。白が眩しいTシャツに、水色のハーフパンツ。頭に青いキャップを被る椎名は、如何にもこれからランニングに出ますという出で立ちだ。  水筒とタオルを公園のベンチに置いて、いざ走り出す。夕方になっても日差しは強く照り付け、僕らの肌をじりじりと焼いた。腕や首筋に日光が形になって突き刺さるような感触だ。あっという間に背や額には汗が滲む。散々汗をかいてから、家に帰って浴びるシャワーは最高なんだ。 「ちょ、ちょっと待って!」  僕は椎名の声に振り向いた。彼女は足こそ止めていなかったが、既に息を切らしていた。 「速いよ、津守!」  顔を赤くする彼女は、亀のようなペースで走りながら僕を睨みつける。そうは言われましても、僕だって普段よりぐっと速度を落としていたつもりだ。テニスクラブの女の子も、悠々ついてこられるペースだ。 「もしかして、もう疲れた?」  僕がにやりとすると、椎名は「むむ」とわかりやすい唸り声を漏らす。 「ちょっと、速いって思っただけ」 「まだ一キロも走ってないけど」 「別に平気だし!」  珍しく優位に立つ僕の腕を叩こうと、椎名は手を上げる。僕はなんなくその手を避け、早歩きのようなペースの椎名に合わせた。今日は妙に静かだと思っていたけど、喋る余裕がなかっただけのようだ。持久走という、彼女の知られざる弱点を見つけてしまった。  再び公園の入口が見え、僕は中に戻ろうと提案した。普段ならまだ半分も走っていない距離だったけど、僕らは車止めのポールの脇を抜け、公園に入った。ゆっくり歩いてクールダウンをする。椎名は両手を大きく動かして、真っ赤な顔を扇いでいた。  大きな公園の隅のベンチに腰掛け、手にした水筒で水分補給をする。椎名は隣でごくごくと勢いよく水を飲み、ぷはーと息を吐いた。 「生き返ったー」 「椎名って、マラソン苦手なんだ」 「そんなんじゃない。津守のペースが速いだけ」  憎まれ口を叩いて、彼女はむすっとした表情を作る。 「走ってきなよ。まだ足りないでしょ」  悔しいながらも彼女なりに気を遣っているらしい。僕は「いいよ」と笑う。 「マジでやってるわけじゃないし。汗かければ充分」  タオルで汗を拭いながら、「ほんと?」と椎名は僕を横目で見た。 「ま、気が向いたらまた来なよ。ていうか、椎名は毎日走った方がいいかも」 「うるさいなー」  僕らの影が、夕陽に照らされて長く長く前に伸びている。その先では、小学生たちが歓声を上げて走り回っている。鬼ごっこをしているらしい。向こうにはシーソーにブランコにすべり台。お椀を伏せた形の大きな遊具にはぽっかり口が空いていて、小さい頃よく遊んでいた僕は、その中がひんやりして涼しいことを知っている。けれど小学生たちを押しのける勇気も図々しさも持ち合わせていないから、今は汗を拭いて我慢をする。  しばらく話をして、公園が少し静かになって、そろそろ街灯に明かりが点く頃、僕らは立ち上がった。 「あー、汗かいた、きもちわる!」  自分のシャツの首元を掴んで鼻を近づけ、顔をしかめていた椎名は、「でも」と続けた。 「津守の言う通り、シャワー浴びたらすっごくすっきりしそう。勉強する前に寝落ちしちゃうかも」 「その寝落ちがいいんだよ」  いつもみたいに馬鹿にされるな。そう思いながら言ったのに、椎名は馬鹿にしなかった。 「また来てもいい?」  代わりにそんなことを言って、当然僕は頷く。ピースサインを見せる笑顔が眩しいのは、夏のせいだけではないだろう。
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