剥がせない絆

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   美濃組が経営している高級クラブ『煌』では、芸能人でも通用するような美しい女たちが、洗練されたドレスに身を包んで接客している。  佐倉と松木は作業服に着替え、客として潜入していた。いかにもギャンブルで臨時収入を得たような貧乏風だ。ぞんざいに扱われるかと思ったが、女らのテンションは高い。 「わあ、腕ふっとーい! 何かスポーツされてるんですかあ?」  女が佐倉の腕に絡みつき、寄りかかってくる。 「仕事で重いもん運ぶことが多いからな」 「大事な商売道具だ。そこ、あんまりベタベタ触らない」  松木が鋭い声で言う。都会の女にチヤホヤされて、佐倉は満更でもなかったが、松木はさっきから不機嫌だ。こういう店は好きではないのかもしれない。 「やだー、怒られちゃった。後輩くんこわーい」  女は見せつけるように殊更キツくしがみつく。妖艶な香水の匂いが股間に響いた。こんないい女を抱けたらどんなに幸せだろう。無意識に女の膝に手が伸びた。太ももを触っても嫌がらない。黒服には「加納の部下」だと伝えてあるから、もしかしたらサービスしてくれているのかもしれない。 「おにーさんの手、固くておっきくて、すごく私好み」  女の甘い声が耳に心地よかった。 「ねえ、この後ボスの部屋に行くんでしょ?」  知っているのかと、佐倉は驚いて女を見た。女は赤い唇をうっすらと引き上げる。 「有名だもの。っていうか私たち、あのオカマに頼まれてるのよ。『口直しに抱かれてやって』って」  ますます驚いた。あのカマやるじゃねえかと、尊敬の念が込み上げてくる。あの上司は飴と鞭を使いこなせる人間だ。クセは強いが、他の暴力的な組長よりも部下の扱い方を心得ているのかもしれない。……そこまで考えて、佐倉は苦笑した。口直しにイイ女を用意されたと知っただけでこの変わりよう……自分のような単純な男は、加納にとって扱いやすい部下に違いない。  それでもいい、と思った。こちらのモチベーションを上げるために一流の女を寄越してくれるのだ。加納はアタリかもしれない。 「背中に和彫の入った男だって言うから、どんなチンピラが来るんだろうって身構えてたのよ。でも、すごくかっこいいからびっくりしちゃった。私、おにーさんみたいな男らしい人、大好き」  女に背中を撫でられ、興奮がするすると冷めていった。背中の鯉は、鯉と呼ぶのも憚られるような代物だ。セックスの際は部屋を暗くし、できるだけ相手に背中が向かないように気をつける。間抜けな鯉を笑われたくなかった。自分は着衣のまますることも多い。  女とは連絡先を交換したが、することはないだろうなと佐倉の気持ちは冷めていた。背中の和彫を期待されたら、やりづらい。 「俺……やっぱり嫌です」  加納のマンションへ向かうタクシーの車内で、松木が尻込みした。松木がホステスと連絡先を交換しなかったのは、加納とする決心がつかなかったからだろう。 「心配するな。加納さんの相手は俺がやる。お前はあの人の体をさすったり、舐めたりして誤魔化していればいい」 「俺……佐倉さんとそういうこと、したくないんです」  タクシードライバーがミラー越しに視線を寄越してきたが、松木は構わず続けた。 「だって……3ピーってことでしょ。俺、そういうの嫌です。全く知らない人とやる方がまだいい」 「なんだお前、恥ずかしいのか?」  彼の気持ちは分からんでもないが、わざとおちょくるように言った。松木はムッと唇を尖らせた。 「別に、いいでしょう。恥ずかしいもんは恥ずかしいです」 「ちょっと変わったプレイだと思えば良いじゃねえか」 「それを、佐倉さんとしたくないんですよ」 「じゃあ帰るか? そうしたらお前一人が呼び出されるぞ。お前、あのオカマ相手に勃起できんのか?」 「……できます」  松木は消え入りそうな声で言った。 「バカ言え」  松木はフイっと窓を向いた。  タクシーがマンション前につく。セキュリティのしっかりした高層マンションで、エントランスにはコンシェルジュの姿がある。佐倉は嫌がる松木を引っ張って中へ入った。女のコンシェルジュは一瞬怪訝な顔をしたが、佐倉がタッチパネルで部屋番号を呼び出し、エレベーターホールに続く自動ドアが開くと、ぺこりと頭を下げた。
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