剥がせない絆

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   加納は性欲はあっても体力がなかった。一回射精しただけでダウンした。  部屋に入ってから一時間も経っていない。これならやっていけるかもしれないと、佐倉は思った。自分さえ我慢すれば、松木が嫌な思いをすることもない。 「こんなの……俺、嫌です」  けれど松木は震える声で訴えた。ベッドを下り、バスルームへと直行する。  そこは俺に譲れよと思った。自分の方が加納と濃厚に絡み合ったのだ。腹には加納の放った精子もついている。  タバコを二本吸っても松木が戻ってくる気配はない。さすがに焦れて、佐倉はバスルームへと向かった。よくよく考えてみたら、気を遣って待つ必要などなかった。  湯気で曇ったガラス戸を開けると、「わっ」と松木が声を上げた。 「は、入ってこないでくださいっ!」  なんだその慌てっぷりはと佐倉は眉根を寄せた。しかしすぐに……彼の股間を見て、察した。 「お前……」  松木の細面が見る間に赤らむ。勃起したペニスから手を離し、股間を覆い隠した。 「で、出ていってください。俺も……すぐに出るので……」  泣き声のような、情けない声だった。  笑いが込み上げてきた。こいつは男同士のセックスに興奮して、ボスの家で手淫に耽っていたのだ。繊細すぎて大丈夫かと心配したが、その逆だ。鋼のメンタルじゃねえかと、感心した。 「早く出ていってくださいっ!」  顔を真っ赤にして叫んだ。 「男同士なんだから別にいいだろ。ほら、シャワー貸せ」  中へ入り、シャワーヘッドを取り上げた。頭から湯をかぶる。  松木は信じられないという面持ちで佐倉を凝視し、慌てて出ていった。図太いのか、繊細なのか、よく分からん男だ。  佐倉には恥ずかしいという感情が欠乏していた。この世界に入った際に、一生分の恥をかいたからだ。  佐倉の実家は廃品処理会社で、ヤクザとの繋がりが密接だった。いつの間にか両親は多額の借金を背負わされ、会社ごと東洋会に奪われた。  佐倉は総合格闘家としてキャリアを積んでいたが、借金を理由に組員になることを余儀なくされた。  和彫りを入れる慣習は減りつつある。今はどこもヤクザお断りで、いかにもヤクザ然とした風貌は推奨されていない。  佐倉が背中に墨を入れさせられたのは、格闘家として二度とリングに上がれないようにという、嫌がらせだった。東洋会の指定した彫り師は十四歳の少年で、佐倉が初めての客だった。「好きなモン入れろ」と言われた彼は、拙い手つきで佐倉に鯉を彫った。  それを見た時はショックを通り越して唖然とした。ブラックバスかと突っ込みたくなるような下手くそな鯉だった。周りの模様も酷い出来で、とても人前に出られるような体ではなくなった。  それなのに試合を組まれ、佐倉は醜い背中を晒してリングに上がった。あの地獄の一日は、五年経った今でも腹の底に澱となって残り続けている。  シャワーを出ると、松木は部屋の隅にしゃがんでいた。半端に濡れた髪が惨めさを際立たせている。 「俺は加納さんが起きるまでここにいる。お前は帰っていいぞ」  この状況を招いたのは自分だが、言いながら佐倉は我ながらいい先輩だなと思った。率先して枯れたおっさんの相手をし、その後始末まで引き受けてやるのだ。  同時に松木の頼りなさが気になった。いつもなら彼は、危険な役目すら俺が自分がと買って出てくれる、頼れる後輩なのだ。  はいとも言わずに、松木は立ち上がるなりそそくさと部屋を出ていった。
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