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剥がせない絆
「ふうん。いい体してるじゃないの。でもこのヘッタクソな鯉はなあに? せっかくしょうんだったらもっと上手い彫師に頼みなさいよ。まったく、静岡には腕の良い彫師がいないわけ?」
新しいボスは加納という五十三歳のオネエだった。光沢のある細身のスーツは華奢な体にフィットしていて、ヤクザというより中堅官僚のようだ。仕事はできると評判だが、初日から「脱ぎなさい」「チンポ見せなさい」と命令されては、気が滅入る。
半年前まで、佐倉大智は東洋会の静岡支部にいた。白崎歩夢というかつてのボスは金策の天才で、三十二歳という若さで東海地方一の上納金を納めていた。いずれ本部に上京し、どこかしらの組を持つだろうと誰もが期待していたが、ヤクの取引でミスをした。白崎は凄惨なリンチに遭い、この世界から消えた。
白崎の下についていた佐倉をはじめとする部下は、それぞれ別の支部に振り分けられた。どさくさに紛れてカタギに戻った者もいる。佐倉も本当はこんな世界から足を洗ってカタギに戻りたかったが、背中の和彫りが気持ちにブレーキをかけた。二十二歳でこの世界に入って、今年で五年になる。顔つきも変わった。今更なんの仕事ができると言うのか。
幸か不幸か、格闘技で食っていた経験のある佐倉には、あちこちから声が掛かった。その中で一番条件が良かったのが、加納が統括する東京支部、美濃組だった。
好条件の理由はこれかと、佐倉は自分の判断を悔やまずにはいられなかった。自分だけならともかく、自分を慕って付いてきてくれた松木凛太に申し訳なかった。
松木は今、佐倉と同じように全裸で加納のボディチェックを受けている。握り拳が震えているのが、視界の端に映った。
「ふうん、こっちのヤングな坊やには墨が入ってないのね。タバコの臭いもしないし、チンポも綺麗な色ね。私、チンピラみたいな男はイヤなの。あなた、いいわあ」
松木は黒髪で、手足の長いモデル体型だ。目つきは悪いが瞳に剣はなく、むしろ色素の薄い虹彩は純朴な好青年に見えた。
「白崎のところではヤクを捌いていたそうね」
松木は両拳をブルブルと震わせ、羞恥に顔を赤らめている。部屋にいるは佐倉と加納と松木の三人だけだが、十九歳の松木には耐え難い屈辱だろう。代わりに佐倉が「はい」と答えた。
「そう。メインの顧客は?」
「大手企業の重役、またはその親族です」
「ふうん」
加納の目が感心したようにスッと細められた。
「そこらのチンピラ相手に小金稼ぎしていたわけじゃないのね。顧客名簿は?」
「静岡県警に売りました」
「おばかっ! どうしてそういう大事なものをっ、うちに寄越さないのっ!」
「申し訳ありません。向こうでは、警察とは密に関わっていましたので」
素直に頭を下げた。そろそろ服を着たい。全裸で頭を下げるのは、なかなかシュールだ。
「それがあればもう少し稼げたでしょうに……まあ、良いわ。企業相手にヤクを売ってたんなら、こっちでもそれなりにやれるでしょう。あんたたち、今日は六本木に行きなさい。ベンチャー企業の社長さんと仲良くなるの」
加納はそう言って、佐倉と松木の間にヌっと顔を突き出し、ねっとりと囁いた。
「そのあとは私のマンションに来なさい。しっぽり可愛がってあげる」
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