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 「頼む、あと一回…あと一回だけチャンスをくれ!」  そう言って土下座をする彼を冷たい目で見ながら、私はどうすべきかと考えていた。いや、どうすべきかは既に決めていたのだけれど、迷いが生じたのだ。  彼の浮気は、今回のこれが3回目だった。あと一回、だなんて言われても今更なのだけれど、でもこれまでも同じようなことを言われて、結局許してしまっていた。  初めて彼の浮気が発覚したのは、ホテルのレシートがきっかけだった。彼があえて自ら発覚させようとしていたのかと思うほど、そのレシートは無防備に彼の財布の傍に置かれていた。ただ、彼の態度を見た限りでは、本当は隠したかったようだった。彼は必死に言い訳をし、頭を下げた。女性の上司に誘われどうしても断れなかったのだと。ホテルには入ったけれど何もなかったのだと。とても信じられる話ではなかったけれど、その頃はまだ私も彼の事が心から好きで、彼のことを信じたくて、だから許したのだ。  2度目の浮気が発覚したのもまた、ホテルのレシートが原因だった。彼のポケットに入っていたのだ。彼は同じように言い訳をした。ただ流石に前回と同じ言い訳は通用しないと思ったのだろう。お酒のせいで、ほとんど何も覚えていない、ホテルでも何もせずに眠ってしまったはずだ、などと言っていた。私はもう許す気にはなれなかったけれど、それでも必死に頭を下げる彼の様子を見て、もう一度だけ許すことにした。経済的なことを考えて別れる判断が出来なかったというのもある。  ただ、それ以来私は彼の事を疑うようになった。2度あることは3度あるという。ある日私は彼がお風呂に入っている間に、彼のスマホを手に取った。少し迷ったけれど、彼の誕生日を入力すると、あっさりとログインすることが出来た。最初は浮気の様子は無かったけれど、それから一月ほど経って、そのスマホで彼がまた浮気を始めたことが分かった。  今度は流石に証拠を残すようなことは無さそうだったけれど、その後も何度かスマホを見て、彼がたびたび浮気相手と会っているのは分かっていた。私が何も知らないと思って緩んだ顔で帰ってくる彼に耐えられなくなり、私は、彼と浮気相手が待ち合わせしている場所を彼のスマホで確認し、そこで二人を見かけたことにして、彼の浮気を訴えた。そして、彼が土下座している、というのが今の状況だ。  彼はたくさん言い訳と謝罪をしているようだったけれど、その言葉は耳に入って来なかった。実は私の心の中には、悪魔がいる。最初の彼の浮気が発覚した時から。最初はその悪魔が行動を起こそうとするのを何とか抑えていた。けれど、2度目の浮気で、抑えきれなくなった。彼のスマホを見たのも、その悪魔のせいだ。そしてその悪魔は、こんな男はもう殺してしまえ、と叫んでいる。その声ばかりが私の中で響いていた。そして、私はその通りにするつもりだった。けれど、そこに迷いが生じてしまったのだ。だから私は今、私の中の悪魔が動き出すのを何とか抑えている。  「もう一度チャンスをくれ」  そんな言葉がまた聞こえた。でも私は思うのだ、そのチャンスというのは…。
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