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徹夜明けの空はもやもやした頭痛に重なるように、しとしととけぶる春雨であり、静けさというか穏やかさというか、胸中は寂寥感でいっぱいだ。
殊の外はっきりと開いたまぶたに鈍色の風景がぼんやりと写り、焦点の定まらない頭は冴えているのか鈍っているのか、なんだか世界を客観的に見つめているようである。延々と鳴り響く清濁の旋律にいつのまにか心を奪われ、溶け込む心地だ。
ドリップコーヒーを作るためにお湯を沸かして、完成するとミルクを足さずにゆっくりと味わうように飲む。
長い雨。昨日の昼過ぎからずっと降り続いている。灰色の曇天を仰げば、いつまでも黒い雲が腰を据えている。
雨は永遠に感じられるのだけど、空模様は案外さくっと流転してしまう。雨は止み、明るい太陽が姿を表し、太陽が現れたと思ったら半日後には真っ暗な夜という調子に、天候や一日の経過が想像される。普遍というのはそういう全てをひっくるめて定義されるのです。恋も同じ。
例えば付き合う前が一番楽しいというのがよく言われる話だけど、そんなのは一例に過ぎなくって、付き合ってから内面を深く知ったり、別れてからどうしようもなく気がつく感情があったりと、一括りに形容できないのが恋愛という普遍性。
ふるふられるの乖離ではないですが、やはり失恋の一端なのか。ゆっくりと振り返っていくと、思い出に新しい感情が付与されていて、既に懐かしさすら覚えているから不思議。
過失は全て私にあって、長い雨が途端に止むように、崇高な彼の志を見限った。別に大した出来事ではないのです。見限られたのではなく見限ったのだし、勝手に嘆いているだけ。
私は昨日ブラック企業を辞めた。
四年前。
大学の卒業を間近に控えて、私は就活に励んでいた。
面接というのは、大抵質問自体に一貫性があって「はい」か「いいえ」か「用意していた返答」のいずれかを喋ればなんとかなる。というか緊張も重なってそれ以上に語ろうとすると、うっかり口を滑らせるので、あまりごにょごにょと言い訳がましくあらないよう意識する。
「趣味はなんですか?」「散歩が好きで普段は近所をウォーキングしています。休日には、といっても月に一回くらいですけど、空気がきれいな所、山などに行って景色を楽しみながら歩きます。健康にも良いみたいなので今後も続けていきたいと思っています」
「長所はなんですか?」「計画性があることです。大学生活では提出物関係が多くて、例えばうちの学校のレポートは結構高頻度で提出しなければならないのですが、一度も遅れることなく提出しています」
「では逆に短所はなんですか?」「気の弱いところですね。短所はなんですかって訊ねられると短所ばかり浮かんでしまって、どうでもいいところでくよくよ悩んだりしてしまいます」
結果、八社受けて八社とも落ちた。
嘘をついた訳では無いし、機転を利かせた会話もあった。採用されたら一生懸命働くつもりだったし、真剣に取り組んだつもりなので、純真な心根が受けいられない社会の厳しさを再認識させられる。
面接のコツを調べてみたら、私みたいなのは不合格者の典型らしい。改めて振り返れば、「面接官の目を見て喋る」「はきはき喋る」なんてちょっとできていたか怪しいところだ。
上を目指す勇気もなく、仕方なく企業のランクを一段階下げて、収入や福利厚生よりも交通面を重視して企業を選び直す。
大学生にとって就職というのは死活問題で、友人たちが次々と内定を得ていき、引き締まっていた頬が緩んで遊び始める様子を傍目に眺めていると、危機感が募っていく。私にとって面接というのは苦痛以外の何物でもなく、就きたい仕事も特になく、漠然とした願望が少しずつ入り乱れて企業を確定させているだけで、とどのつまり内定が取れるならどこでもよかったのだ。
住んでいるアパートから近い企業をいくつか受けようと思ったけど、案外俗にいうオフィスワークみたいな職業がなくって、結局一社落ちたらまた一社、と、行き当たりばったりにやればいいやなんて楽観的な思考に捕らわれて、とりあえず目についた一社を受けてみることにした。
選んだ会社は見た目小企業で初任給十八万円はほどほどだし、借りている安いアパートから徒歩十分という場所だけみれば絶好の場所。
職務内容は幾つかの大企業の下請けを担って、卸される書類を確認して整理整頓し、まとめなおすという結構重要な仕事みたいで、企業のちっちゃなホームページには、あれをします。これをします。何円です。正確で分かりやすいです。機密性は万全です。ということがつらつらとカラフルに装飾されて、如何にもしっかりした企業ですという体を装っていた。
県内三箇所に分散された支店を統括する本社は四階建てで新しそう。コンクリート色の外見は、やはりコンクリートのような物質を基調に建設されているからだろう。企業を絵に描いたような企業で、精彩のない灰色が光を吸収している。
面接は指定された日時の十五分前に行ったが、どうやらいるのは私だけみたい。受付というか窓口というかそんな感じの所が入ってすぐにあるのだけど、係員はいなくて、誰も来そうにないので呼び鈴を鳴らした。
駆け足で制服を着込んだ男性の職員が駆けてきて要件を問うので、面接に来たことを告げると、ああそうですか。そうだと思いました。もう一人来る予定なのですが、まだ来ませんか。という内容を早口で、意外にもはきはきした口調で話すので、
「さあ、私は見ていないですが」
私にもはきはきした口調が移って、語尾の意外な高音をごまかすようにごほんと咳をすると、ちょうどそのとき、もう一人の就活生、坂口あきらがドアを開けて建物に入ってきた。
坂口あきらという名前を知ったのは、職員さんとその就活生が「坂口あきらさんですか」「はい。坂口あきらです」というやり取りを交わしたからだ。
頭の中で、さかぐちを坂口に変換して、あきらの部分があきらなのかアキラなのか、それとも難読漢字が当てはめられるのか、なんてことを一瞬のうちに考えて、結局訊ねるには不向きな話題なので忘れ去ることにした。
寝癖なのかワックスなのか、たぶんワックスなのだろうけど、お世辞にも整っているとはいえない髪型で、私から見て左側の髪が不格好に跳ねていて、左右非対称になっている。煩雑な髪型を中心にして、体中の全てが噛み合っていない。スーツはちゃんと着込んでいるのに、まるで子どものような、落ち着かない雰囲気を醸し出している。
ライバルだな、と思った。たぶんこの人と私が一騎打ちになって、どちらか片方が採用されるのだろう。現状有利なのは私だ。まず髪型がちゃんとしているし、ちゃらんぽらんじゃない。社会を先駆ける大企業だったら髪型なんて気にしないだろうけど、ここは小企業。到着した時間だって、とつらつら考えていたら、
「就活生ですか?」
坂口くんがあまりにも裏表のない無邪気な声で聞くので、
「ええ、そうですけど」
少々面食らって答えると、
「僕もです。坂口あきらって言います。お名前なんていうんですか」
「西野です。西野美玖」
「西野さんですか。よろしくお願いします。一緒に頑張りましょう」
坂口くんは爽やかに微笑んだ。
曖昧な返事のまま、面接官に呼ばれたので会話は終了してしまった。
一緒に頑張ろうと言われた私は妙に張り切って、特に今回の面接は質問がぬるくって、
「仕事が忙しい時があるのでしょうが、大丈夫でしょうか」「大丈夫です。体調と相談しながらも、与えられた仕事はきっちりこなしたいと思います」
「最低どのくらい続けるつもりでしょうか」「仕事というのはころころ変えるものではないと思うので、一つの仕事を貫きたいと考えています。どのくらいと言われましてもアルバイトじゃないので、採用されたら定年まで頑張りたいです」
結構すらすらと返答できて、終始調子も崩れなかったので手応えありだ。
「前向きに検討させていただきます。採用されたら大変でしょうけど、受け答えもはっきりされていて、とても好印象でした」
大変って何が大変なんだろうと思わなくもなかったけど、掛けられた温かい言葉に有頂天になって、興奮に浸っていたので、難しいことは後から考えればいいや。形式的なお辞儀とかお礼とかを経て部屋から出ると、面接官は「坂口あきらさーん」と大声で呼んだ。
普段の私だったらあっさり帰宅しちゃうが、坂口くんだけ面接に落ちたとなればなんだか後味が悪いような気がして、廊下ですれ違ったときに小さな声で「がんばってね」と言っておいた。
坂口くんは小さく右手をあげてみせた。余裕の風格だ。
人数が少ないためか、一週間も待たず連絡が来て、合格ということだった。もっと上の企業を目指してもいいかも、と自信を取り戻して考えたけど、初めて内定が取れた企業になんとなく思い入れがあって、他の所で働く自分の姿が想像できないようだった。
坂口くん、受かったかな、たぶん落ちたでしょう。可哀想だけど。でも、もし私が面接官だったらちょっと悩んじゃうかも、と数日間は同じような事柄を同じ順番に並べていたけど、そのうち意中を占めるのは就職活動から大学生活に移り変わって、下の名前、あきらだったっけ、名字、坂口、坂本どっちだったっけ、くらいの認識になった。
大学は単位も安定していたし、割と簡単に卒業できて、意中は大学生活から就職活動へまた移り変わって、いよいよ入社初日を迎えることになった。
相変わらず十五分前に到着を徹底し、配属された部署へ向かう。
室内も外装同様灰色で、廊下には所々に本物だったら観葉植物、偽物だったら人工観葉植物、どちらか分からない緑色の風水があって、これから始まる長い勤労の日々を予感させた。
銀色の扉を開けると、途端に人の気配がむっと漂い、私を見つめる目の数々に、途端、体が縮こまった。ホームページには始業は八時半からと書かれているけど、八時に来てくださいということで、更に十五分早い七時四十五分。
社員の方々は私の様子を一瞥するとまた目の前のパソコンに向き合って、挨拶しようかどうしようか、社員がしないのだから、私も主体的に行動しにくいな。互いに素っ気ない雰囲気だ。とはいえ、始業時刻の四十五分も前に、私を待っていたのに感動して、悪い印象は抱かなかった。
剥げたおっさんが、重い腰を上げるというのがぴったりと当てはまる動きで立ち上がった。席がフロア全体を見渡せる場所にあったから、偉い人だろうと推測した。
「ああ、新しい人ですね。こんにちは。林亮二だ。課長だね。うちには今室長が足りてなくてね。私の下に直接ついてもらうよ」
歩きながらどろどろするあんまりやる気の感じられない声で挨拶して、私の近くに来て立ち止まった。舐め回すように全身を見て、
「早かったですね。結構結構。もう一人はまだかね」
「まだだと思います」
「ふーん。君は女だから西野さんでしょ。西野さん、西野美玖さんだったかな。まあうちはそんな難しいことやってないからすぐに慣れるよ。ていうかね、慣れてもらわないと、実は田中の腰抜けが辞めるって言い出して、ちょうど即戦力が必要なんだ。美玖だけに見くびれんってな」
ギャグまで早口で言うので笑いそびれてしまって、林課長は一人でうんうん頷いている。
「よろしくお願いします。西野美玖です」
「ああ、分かっとる。分かっとる。ここには八人いる。二人加わって十人だな。ついでに俺を加えると十一人」
作り笑いを浮かべて、あははと笑い声を出すと、ちょうどその笑い声を掻き消すように銀の扉が開いて、坂口くんが顔を出した。受かったのか、なんて感慨を抱くより先に、
「おはようございます」
坂口くんは元気な声で挨拶した。相変わらず左の髪が跳ねている。
「ああ、おはよう。君が坂口くんか」
「ええ、坂口あきらです」
「うんうん二人揃ったことだし自己紹介でもはじめようか」
十一人それぞれが名前と役職を話していった。結構すぐに終わって、
「じゃあ、新人二人は溝口係長に任せようか。溝口くん頼むよ」
林課長は自分の席へ戻っていった。
溝口係長は「分かりました。しっかり指導します」と大声で言った。周囲からはカタカタキーボードを叩く音が聞こえる。
私と坂口くんと溝口係長は向き合った。溝口係長が業務内容を説明するのだけど、これとこれをこうやってこうしてください。分からないことがあったら訊ねてください。基本は書類に書かれています。とごにょごにょ肝心の所が聞き取れないので困惑。分厚い紙の束を取り出して、受け取って、私は私の席へ、坂口くんは坂口くんの席へ案内させられた。
「じゃあ、僕は仕事があるから」
溝口係長は十分くらい喋ったら自分の席へ戻って、すっかり社員たちと一体化してしまった。
書類と格闘、パソコンと格闘しながら、あっという間に時間が過ぎて、やっとめぼしいショートカットを一個作成できたと思ったら十一時を回るところだった。そのとき、
「まだ書類はできんのか溝口! 新人に教えとるからって甘えてるんじゃないぞ」
林課長の怒鳴り声がフロアを響かせた。
「すみません。あとちょっとです」
「あとちょっとってどんだけや」
「十分もあれば」
「あればじゃないだろ、計画性が足りんのだ。今日の十一時と言われたなら守れ」
「すみません」
というやり取りがあって、すっかり私は縮こまっていまった。
昼休憩の時間になったけど、誰一人として椅子から動こうとしない。一人外に出ていったと思ったらすぐに戻ってきて、トイレだなと推測できた。
とてもどこかへ食べに行きましょうという空気ではなく、何人かはコンビニのおにぎりを無言で食べている。どうしようかと途方に暮れて周囲を見渡すと、坂口くんと目があった。坂口くんがこっちへ歩いてきて、
「昼どうする? 一緒に食べる?」
願ってもない提案で、近くのレストランへ一緒に行った。
坂口くんが早々に、
「ここはやばいかもね」
「レストランのこと?」
「違う違う。会社のことだよ。結構やばい雰囲気がある」
坂口くんはぼそっと「ブラック企業かも」と言った。
予想は面白いくらいにあたって、残業だらけの日常がはじまった。おまけに残業代がつくのかつかないのかよく分からないシステムで、たぶんついてない。
朝起きて急いで出社して仕事。仕事。仕事。量がやばくって、終わらん。終わらない職務を残業してなんとかギリギリで提出するという日々が続いて、私はすっかり疲弊していた。
後は林課長だ。無茶なオーダーばかり受注して、ツケを払うのは社員たちだ。おまけに口が悪くって、他人を見下している感じで、有給を取ろうとすると、「会社の金を無駄遣いしやがって」とぶつぶつ言うし、仕事の提出期限が裁量次第でころころ変わる。責任感の強い私は、ただでさえ大変な職務内容の社員に追加で負荷を与えるのは可哀想だと有給を取るのは憚られ、休みがない日々が続いた。ストレスか過労かで胃が悪くなった。
坂口くんとは度々昼食をともにする仲になった。
坂口くんは驚くほど優秀で、社員たちにも頼られていたし、あの林課長相手ですら打ち解けたようで、よく一緒に娘の話や趣味の話で盛り上がっている。仕事もそつなくこなす。性格は前向きでちょっと無邪気というか子供っぽい所がある。
いつもと同じレストランで食事をしていた。入社してから半年が経とうとしていた。坂口くんは宣言した。
「僕はこの会社を変えてみせるよ。腐った体制を立て直す。そのためには上まで上り詰めなければならない」
入社四年目まで同じ調子で、四年目になって、坂口くんは係長へ昇進、林課長は部長へ昇進した。私はそろそろ体が限界で、ある日取引先の企業のホームページをチェックしたときに心も限界になった。
数カ月間身を削ってまとめた図表が掲載されていないのだ。確かに掲載される予定で、予定から一年は立っているはず。私は何のために仕事しているのか。企業からすれば、額面上だけ取り繕えば、顧客の推移とか売上の詳細とか、細かな数字にあまり価値はないようだ。本当に大切な書類というのは小企業には回ってこない。
職務がきりの良いところまで済んで、受付の職員さんに辞めますという意向を伝えた。それが昨日。
春雨はいつの間にか微雨になって、ほとんど降ってないのと同じになった。
コーヒーを飲み切った。ゆっくりドラマでも鑑賞したい気分だった。
チャイムが鳴った。
「はーい」
慌てて身だしなみを整える。
「坂口ですけど、会社辞めたっていうから心配で」
玄関を開けて外に出る。
「会社はどうしたの、あれ、今日会社でしょ?」
「会社? ああ、辞めたよ」
「辞めたってなんで?」
「西野さんが辞めたからに決まってるよ。ねえ、林部長、朝の開口一番なんて言ったと思う?」
「さあ」
「あんな奴いてもいなくても同じだ。どいつもこいつも役立たずばっかでまともに働けるやつはおらんのか。まったく近頃の若者は、だよ」
声色を真似て喋る様子に、なんだか面白くなってきて、同時に色々が押し寄せてきた。
「ごめんね」
「ごめんって何が」
「ほら、会社辞めちゃったじゃない。坂口くんが改革するって頑張ってたのに」
「そんなこといいよ。こっちが謝りたい」
「なんで坂口くんが謝るの?」
「最初っから間違ってたんだよ。あんな会社を改革しようってのが間違い。なくなって当然だよ」
私の胸中を占めていたのは全てが無駄に終わるのではないかという憂慮だった。命を削った四年の歳月が水の泡に返るんじゃないか。
止んだ雨がまだ頭の中でぽつぽつ音を立てていて、一人雨に打たれているような寂寥感。
「方法なんていくらでもある。まずは労基にいこう。労基って分かるだろ。労働基準監督署」
「ああ、そうだね。そうだよね。労基か」
「そう労基労基。あんな企業終わりだよ」
前向きな坂口くんが眩しくて、私は気圧されているようだった。ぼんやりするまぶたが精彩を取り戻していく。私は言った。
「今思い出したんだけどね、虹というのは雨上がりに出るわけじゃないの。雨が降る前にだって出るし、シャワーでじゃーってやるだけでも見えることがある。要は光が水滴に反射されて見えるの。私はそれを聞いたときに、虹というのは目に見えないだけであちらこちらに際限なく存在してるんだなーと思って」
「ふーん」
坂口くんは興味なさそうな反応だった。
興味のないことにはとことん興味がない。一度決めたことには前向きで、達成されるまでやり続ける。それが坂口くんだ。
さっきから坂口くんはずっと視線をぶらさずに私の方を見ていた。
「雨上がりだから虹というのは美しいんだよ。日常的に見えていたら虹の美しさなんて忘れてしまう」
坂口くんがぽつりと言った。
春雨が妙に神秘的で夜寝付けなかったのは、いつもと違う日常の始まりを予感させたからだ。早急に眠って早急に目覚める毎日の習慣が唐突に消失したからだ。
室内では雨なんて関係ないように、意識して、叙情が加わって、初めて景色は景色として成立する。認知される。普遍というのはそういう全てをひっくるめて定義されるのです。恋も同じ。晴れやかなる天気に心も晴れやかになり、晴れやかなる関係性に心も晴れやかになる。
坂口くんは私の感傷なんてお構いなしに、軽い調子で、
「今僕は企業を起こそうと思ってるんだ。実行に移すのを年齢を理由に避けてきたけど年齢なんて関係ない。よかったら西野さん一緒に来ない?」
坂口くんとなら一生を共に出来ると思った。この感情は普遍であり、一瞬に永遠が凝縮されていた。
坂口くんの背後では虹がビルディングをまたぎ、七色の輝きを放っていた。坂口くんはずっと前を向いていて、虹になんて気がついていない様子だ。驚くほど映えていて調和が取れている構図。
徹夜明けのぼんやりとした頭はどこか夢を見ている心地でおぼつかない。虹はすぐに消えてしまったが、雨上がりの空は輝きを失わなかった。
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