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もう、十分に濡れた。こんな格好で帰宅すれば、妻はどんな顔をするだろう。それが見たくて仕方がないのだ。こんなに最悪な姿で家に入れば、大きな怒号が飛んでくるに違いない。今日こそは、ドアを開ければそうして迎えてくれると、期待してしまっている。
バカも通り越して呆れてしまう。痛む胸を押さえつけていた手を解いては、まともに礼も告げられなかった娘がいた空白の通路に笑いかけた。そして、声になったのかどうかも定かではない、虫の声にもなりきれないような声を絞り出して感謝をこぼす。
滅入っていた気持ちが僅かに軽くなると、素直に受け取った傘を開いた。広がる空間に瞬く微光から、雨のように降り注いだのはまたしても二人の声だ。
「ちょっと何その格好!?
だから言ったじゃない、傘持ちなって!」
「パパ、拭いたげるわ!」
「あーちょっと、そのままシャワー浴びちゃってよ!」
「やだっ! 拭いてあげるのっ!」
合間には、居間を走り回る足音が飛び込む。自分がしてあげたいという気持ちが強まったばかりの娘が、広げた傘一帯を走り回っていた。
「そのまま洗濯もしてしまうわ。
全く、息子が増えたみたいよ」
とんだ手間を取らせているにも関わらず、妻は笑っていた。はにかんだ笑顔はずっと変わらず、今も心から愛してる。
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