雨と、少女と、タイムリープ

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 しかし、小説の中の作り話だ。現実に起こるはずはない。 「ワシは、その……タイムリープとやらに興味があるのじゃが、なぜ、その人間は過去に戻ることができるんじゃ?」  女の子は、空中に視線を泳がせて考えた。 「色んなパターンがあるかな。未来から来た人が持ってきた薬を使う場合もあるし、自分で偶然に発明した装置を使う場合もある。あと……トラウマで戻るって場合もあるかな」 「トラウマ?」 「そう。強く後悔して、やり直したいって思った場合とか。精神の力で、過去に戻っちゃうの」  強い後悔。そんな理由で、過去に戻ることがあり得るのか。  まさにワシに起こったことではないか。 「……トラウマで戻った場合、過去はやり直せるのか?」 「うーん、過去改変が出来ないパターンが多いかな。世界線が決まっていて、変えようと行動しても、結局、事件は起こっちゃう。世界線の再構築が起こるの」  何と言うことだ。では、ワシが止めても、事故は起こってしまうということではないか。  そんな酷い……いや、待てよ。  プラスに捕えることもできるのではないか? 「もし、何かの事件を変えようとして、ダメだった場合は、過去と未来を、行ったり来たりするのかのう?」 「後悔が原因だったら、それが解消しない限り、繰返すことになるわね。装置を使う場合は、回数制限があるってパターンが多いけど。もし、おじいちゃんが、その状態になったらどうする?」  女の子は、ワシの目をジッと見据えた。  先ほどまでの、にこやかな表情が消えていた。 「ワシか……実はの、ワシは病気なんじゃ。平均寿命までは生きられん。妻はとっくに亡くなり、息子はどこにおるかわからん。近所付き合いが苦手なので、友達もおらん。ちょっとでも、社会とのつながりを持つために、アルバイトをしておる」 「質問に答えてないけど?」  女の子が、首をかしげて回答を求めた。 「そうじゃな。何度も繰返す……それも、いいかもしれん。繰り返しの中におれば、無限に生きられるということじゃろ。こんな、独居老人でも、死ぬのは嫌じゃからの」 「そうなんだ……タイムリープの中にいれば、無限に生きられる。新しい考えかも」  女の子がちょっと、寂しそうな顔をしたような気がした。  言ったことは、嘘ではなかった。  手元にどら焼きがあるので、食べ物はある。スマートフォンを持っているので、暇をつぶすこともできる。駐輪場にはトイレもある。  タイムリープの中にいるということは、無限の命を得ているのと同義なのだ。  そのとき、ブブっと振動音が聞こえた。 「あっ、鳴ってる」  女の子はリュックサックから、スマートフォンを取り出して、耳に当てた。 「お母さん、ごめんなさい。雨宿りしてるの。雨が強すぎて……」  女性の声が、スマートフォンから漏れてくる。かなり激高しているようだ。  ワシの記憶では、以前は、メッセージが来たと言っていた。今回は電話だ。行動によって、結果が変わるらしい。 「私、帰らなきゃ。お母さん、めっちゃ怒ってる」  女の子は、本とスマートフォンをリュックサックに放り込んで、立ち上がった。  時間の繰り返しの中にいるための条件。それは、後悔し続けること。  すなわち……女の子が車にひかれて、亡くなることが必要なのだ。 「ちょっと……」  ワシは、自転車にまたがる女の子にヨロヨロと手を伸ばした。「雨がやむまで待ちなさい」その一言が出なかった。 「じゃあ、またね」  女の子が小さく手を振る。  勢いよく自転車を走らせ、駐輪場から飛び出した。  そして――マンホールで滑って、転倒した……。  ワシは顔を両手で覆ってしまった。2回目でも、慣れることはできない。  トラックの急ブレーキ音。何かを踏みつぶす嫌な音。  ああ、ワシはまた、やってしまった。  いや、違う。  何もしなかった、出来なかった。
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