アムンゼン 2

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 気が付くと、この矢田のカラダが、震えていた…  ブルブルと震えていた…  恐怖のためだ…  この私の隣にいる、ガキ…  いや、  アラブの至宝を怒らせたら、どんな目に遭うか?  考えただけでも、恐ろしかった…  恐ろしかったのだ…  しかしながら、当たり前だが、このアラブの至宝は、私を誤解した…  私が、重病だと、誤解した…  「…矢田さんは、思ったより、重病だ…もっと、急げ!…」  アラブの至宝が、命じる…  3歳のガキが、命じる(笑)…  すると、今度は、金色のロールスロイスが、唸りを上げて、走り出した…  これまで、以上のスピードを出した…  アラブの至宝が、運転手に、  「…パッシングをして、パトカーを煽れ…」  と、命じた…  こともあろうに、3歳のガキが、命じた…  そして、なぜか、先導するパトカーも、またスピードを上げた…  きっと、このロールスロイスが、パッシングをして、猛烈にスピードを上げるから、まさか、ぶつかるわけには、いかないから、スピードを上げたに決まっていた…  しかし、金色のロールスロイスが、パトカーを煽るとは?  まさに、前代未聞…  見たことも、聞いたことも、ない珍事だった…  しかも、その原因を作ったのは、私…  私、矢田トモコだった…  それを考えると、熱が出そうだった…  ホントに、具合が悪くなりそうだった(苦笑)…  だから、この金色のロールスロイスに、乗せられて以来、私のカラダの具合が、悪くなったように、感じた…  冗談では、なく、そう感じた…  だから、口もきかんかった…  いつもは、しゃべるのだが、それも、しなかった…  だから、そんな私を見て、このアラブの至宝は、ホントに、私の具合が悪いのだと、誤解した…  きっと、これまで、以上に、具合が、悪いのだと、確信したに違いなかった…  なんとも、まずい事態だ…  私は、思った…  私は、考えた…  時間が経つごとに、この矢田に不利な状況になってくる…  時間が経つごとに、ウソだと言えなくなってくる(涙)…  実は、仮病だと、言えなくなってくる…  私が、そんなことを、考えていると、隣のアラブの至宝が、  「…矢田さん…気をしっかりと、持ってください…」  と、私を励ました…  「…自宅は、もう少しです…それまで、頑張って下さい…」  3歳のガキにしか、見えないアラブの至宝が、言う…  私は、もはや、どうしていいか、わからんかった…  最悪の事態だけは、想定できた…  あのアムンゼンの住まいの大豪邸に、到着して、医者が、数人、この矢田を見る…  この矢田のカラダの具合を見る…  その結果、どこも悪くないことが、わかる…  すると、どうだ?  このガキが、怒り出すに決まっている…  アラブの至宝が、怒り出すに決まっている…  「…矢田さん…ボクを騙しましたね?…」  と、でも、言って、この矢田を非難するに、決まっている…  そして、  「…目には目を歯には歯を…これが、ボクの祖先が、制定したハンムラビ法典です…その原則に則って、矢田さんの舌を抜きます…」  と、でも、言うに、決まっている…  「…なんだと、この矢田の舌を抜くだと?…」  「…そうです…それが、ウソつきの末路です…」  「…そんな…」  「…そんなもこんなもありません…そのために、この自宅に医者を常駐させているんです…」  アムンゼンが、説明する…  「…さあ、矢田さんの舌を抜いてしまいなさい…」  アムンゼンのこの一言で、屈強なボディーガードたちが、この矢田のカラダを取り囲み、手術室に連れて行く…  あとは、もう、想像するだけで、怖い結末が、待っている…  戦慄の結末が、待っているのだ(涙)…  私は、それを考えると、震えが、止まらんかった…  ブルブルと、震えが、止まらんかったのだ…  そして、気が付くと、なぜか、一心不乱に祈っていた…  神様に祈っていた…  これ以上、変なことが、起こらないように、祈っていた…  神様に頼んでいた…  南無阿弥陀仏…  何妙法蓮華…  とにかく、神様も仏様も、関係ない…  この矢田を救ってくれれば、関係ない…  とにかく、救ってくれ…  この矢田を救ってくれ…  一心不乱に祈った…  祈りまくった…  その結果、余計に、隣のアムンゼンが、心配した…  「…苦しいときの神頼みですか? よほど、苦しいんですね…」  と、アムンゼンが、誤解した…  もはや、これまでか?  私は、思った…  私は、考えた…  なぜか、ますます不利な状況になる…  この矢田に不利な状況になる…  そう、思った…  そう、思ったのだ…  そして、そう思っている間に、クルマが止まった…  黄金色に輝くロールスロイスが、停止した…  万事休す…  アムンゼンの豪邸に着いたに、違いなかった…  違いなかったのだ…  私は、もう、気を失う寸前だった…  すでに、何度の説明したように、この矢田は、実は、気が小さい…  とんでもなく、気が小さい…  だから、こんなことになって、どうして、いいか、わからんかった…  わからんかったのだ…  だから、つい、  「…お義父さん…」  と、口走った…  ホントの父ではない…  葉尊の父…  私の夫の実父、葉敬のことだ…  台湾の有力実業家のことだ…  実父は、しがないサラリーマン…  力も、なにもない…  しかしながら、旦那の父親は、台湾の有力実業家…  台湾の大企業、台北筆頭の創業オーナー社長だからだ…  しかも、なぜか、私は、その葉敬のお気に入りだった…  自分でも、よくわからないが、気に入られていた…  葉尊のもう一つの人格、葉問が、言うには、葉尊の性格を直すためだと、言う…  葉尊は、おとなしく、真面目だが、裏の顔があるという…  その裏の顔をなくすために、私との結婚を許した…  私と、いっしょに暮せば、葉尊の性格が、改善される…  葉尊の裏の顔が、消滅する…  そう、確信してのことだと、言った…  私は、そんなバカなと、一笑に付したが、葉問は、ホントに、そう思っているようだった…  正直、そんなバカな話は、ない…  私といっしょに、暮らすだけで、性格が、改善するなんて、ありえん…  ありえん話だ…  私は、なぜか、そんなことを、考えた…  考え続けた…  自分でも、意外だった…  まさか、こんなピンチの状態で、そんなことを、考えるなんて、夢にも、思わなかったからだ…  そして、つい、  「…お義父さん…」  と、口走ってから、続けて、  「…リン…」  と、口走った…  これもまた理由はない…  ただ、葉問が、言うには、リンが、近々、来日するらしい…  そのリンの面倒を私に見てくれと、葉問が、言ったのだ…  冷静に考えてみれば、なぜ、葉問が、そんなことを、言ったのかは、わからない…  そもそも、リンは、台湾の三星球団所属のチアガール…  しかしながら、リンの人気は、台湾でずば抜けていて、三星球団の価値も、リンのおかげで、上昇したようだ…  それだから、今、三星球団を売りに出した…  今、三星球団を売りに出せば、漏れなくリンがついてくる…  そういうことだ(笑)…  台湾の国民的人気のチアガールが、ついてくる…  そういうことだ(笑)…  しかしながら、今は、まだ、葉敬とは、なんの関係もない…  なぜなら、葉敬は、旧知の財界人から、三星球団の買収を勧められただけだからだ…  葉問が言うには、葉敬は、商売人だから、このまま、三星球団を買収した方が、得か?  あるいは、買収しない方が得か?  考えているらしい…  それでも、今時点では、葉敬は、三星球団を手に入れていない…  だから、三星球団所属のリンとは、葉敬は、なんの関係もないはずだ…  しかしながら、葉問が、言うには、リンは、近々来日し、そのリンの面倒を私に見てくれと、言う…  正直、わけがわからない…  わけがわからない話だった(爆笑)…  しかしながら、そういうことは、あるかもしれない…  私は、思った…  なぜなら、それまでの話から、要するに、三星球団の価値は、リンにある…  だから、そのリンを来日させて、私に面倒を見させて、どんな女か、知りたいのかも、しれん…  私は、考えた…  私の父親世代の葉敬よりも、同世代の私の方が、身近に接すれば、リンの性格がわかる…  そう、考えたのかも、しれない…  いかに、台湾で、国民的人気のチアガールといっても、どんな人間か、わからないのでは、不安だ…  ちょうど、会社の人事調査ではないが、事前に、どんな人間か、わかれば、それに、越したことはない…  事前に、どんな人間か、わかれば、採用の是非を簡単に決めることが、できるからだ…  だから、それと、同じかも、しれない…  私といっしょに、いさせ、どんな人間か、私の口から、聞きたいのかも、しれん…  なぜか、そんなことを、考えた…  こんな緊急事態に接しているにも、かかわらず、考えた…  「…リンの面倒を見なければ、ならん…台湾のチアガールの面倒を見なければ、ならん…」  私は、いつのまにか、そんなことを、口走っていた…  実は、この矢田トモコ…  自分で言うのも、なんだが、責任感が強かった…  まして、あの葉敬は、私の恩人…  葉尊との結婚を認めてくれた恩人だった…  だから、なおさらだった…  なおさら、葉敬のためにも、リンの面倒を見なければ、ならんと、思ったのだ…  「…死ねん!…こんなことでは、死ねん!…来日するリンの面倒を見なければ、ならん!…葉敬の恩に答えねば、ならん!…」  私はいつのまにか、誰に言うこともなく、呟いていた…  すると、隣に、いる、アムンゼンの顔色が、変わった…  ハッキリと、変わった…  「…矢田さん…リンって、もしかして、台湾の三星球団のリンですか? そのリンを矢田さんが、面倒を見るって、ホントですか?…」  と、アムンゼンが、血相を変えて、聞いてきた…  まさに、想定外…  想定外の展開だった(笑)…                <続く>
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