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第五章 7 RPG⑧祈りと異変
雨辺家では昼食前の祈りが終わっていた。梢賢と蕾生は昨日同様、側での見学を許された。
祈りの作法は昨日と寸分違わず同じ、時間の間隔が狂うほど──と言っても差し支えないほど菫と葵の様子は変わらなかった。
「はあい、お祈りおしまい。葵、お疲れ様」
「……」
菫は昨日と同じく上機嫌だったが、祈りを終えた葵は何も言わずに居間から出て行った。少し顔色がよくないように見える。そして相変わらず藍は祈りの最中には姿を見せなかった。
「葵……くん、大丈夫スか?疲れてるみたいだったけど」
心配した蕾生が聞くと、菫は楽観的に笑っていた。
「そうね、一生懸命お祈りするから疲れるのよ。少し休めば大丈夫!」
「はあ……」
蕾生は葵が自室へと向かった方を気にし続けるが、梢賢は仏壇の中を指して菫に質問した。
「あのぅ、この仏壇の中のは観音様?ですかね?」
「いいえ、それはうつろ神像よ」
「うつろ神は、鵺──てか、獣みたいな姿だって言いませんでしたか?」
仏壇の中の仏像は、顔こそ狒々の様相だが首から下は一般的な人型の体であった。そんな蕾生の疑問にも菫はすんなりと答えてくれた。
「そうね。うつろ神様の本来のお姿は神獣ね。この神像は、うつろ神様の依代になったメシア様を模ったと言われているわ」
「だいぶ古そうっスね」
「それはそうよ。雨辺が麓紫村を出て、ここに落ち着いてからすぐに作ったものですもの」
「そりゃ、年代物ですなあ」
梢賢はさらに情報を引き出そうと煽てるような相槌を打つ。それで菫はにこやかに続けた。
「元はもっと大きな像だったそうよ。麓紫村では大勢の信者達がその像に祈りを捧げていたわ」
「里にそんな像があったんですか?」
「ええ。でも雨都や眞瀬木のうつろ神排斥のせいで、私達雨辺は里を出て行かなければならなくなった。
その時、大きな神像は持ち出せなかったから、仕方なくその瞳だけをくり抜いたの」
「もしかして──」
梢賢がその手の中にあるものを指さすと、菫は満足そうに笑った。
「そう。我が家の家宝、犀芯の輪はその瞳から作られているの。だからこうして、小さいけれど神像をまた作って、お祈りの時には像にお返しするのよ」
「瞳をくり抜いたってことは、そこが神像の大事な部分だったっちゅーことですか?」
「ええ。元々の像に収められたのも、この瞳にうつろ神様の毛髪と神気が込められていたからだそうよ。
つまり本体は瞳の方だったというわけ。だから瞳だけでも持ち出したんでしょうね。
でも昔から神像を拝んでいた習慣があったから、小さくても作ったんじゃないかしら。お祈りするにも雰囲気って大事でしょ?」
菫の話は昨日皓矢から聞いた内容と合わせても矛盾はなかった。昔は村に像があったという新情報を手に入れた梢賢と蕾生は顔を見合わせて、もう少し踏み込んでいく。
「その元瞳が、どうして指輪になったんです?」
「さあ……私が生まれるはるか昔のことだから。指輪型にすれば肌身離さず持っていられるからかしら?今の私達は恐れ多くてそんなこと出来ないけれど」
菫はそこまで知らなかった。今まですんなり話してくれている状況を鑑みてもしらばっくれているようには見えない。拍子抜けした梢賢は適当な相槌で流そうとしていた。
「ああ、お祈りのたびに葵くんがここに持ってきますもんねえ」
「大切な家宝ですからね。家の秘密の場所に隠してあるの。あら、いけない。葵ったらしまうの忘れてるわ──葵!葵!」
自分の手元にある家宝にようやく気づいたような素振りで菫は自室に戻ったはずの葵を呼ぶ。だが、返事はなく葵が部屋から出てくる気配もなかった。
「?」
「どうしたのかしら……」
仕方なく菫は立ち上がり、葵の部屋へと向かう。
蕾生はその時嫌な予感がした。葵に対して抱いていた不安がより大きくなる。
「葵!葵!!」
すぐに尋常でない声で菫が息子を呼ぶのが聞こえた。異変を悟った梢賢と蕾生も立ち上がった。
「なんや?」
「行くぞ」
急ぎ葵の部屋へ向かうと、入口で菫が半狂乱で叫んでいた。
「葵!葵!どうしたの、葵!」
葵は床に突っ伏して倒れており、菫が肩を揺すっても何も答えなかった。
「……」
「藍、何があった?」
部屋の隅で膝を抱えて震えている藍の姿を確認した蕾生が聞くと、藍は悔しそうに唇を噛んだ後感情を押し殺して言った。
「葵はもう限界だよ。疲れ果ててる。このままじゃ──」
「きゅ、救急車!?」
「やめてちょうだい!そんなもの呼ばないで!!」
慌てた梢賢が口走ると、菫は恐ろしい顔で叫んだ。
「でも……」
「有宇儀様に連絡するわ。葵を見ていただくなら有宇儀様しかいない」
倒れている葵の体を抱きしめて菫は呟くようにそればかり言っていた。菫の腕の中で意識を失った葵の顔が垣間見えた。顔色は白かったが、苦しんでいる様子はなく静かに眠っているようにも見えた。
「貴方達、悪いけれど今日は帰ってくれる?」
「いや、でも……」
蕾生は葵の姿から目を離せなかった。葵の姿はつい最近体験した出来事と重なる。
「ライオンくん、帰るで」
「いいのか?」
「出直しや。藍ちゃん、またな」
二人にはここでできることはなく、伊藤を呼ぶと言われてはここにいることすら危険になる。梢賢は冷たいようだったが、冷静な態度だった。
しかし、藍は去っていく二人を睨み続けている。それでも梢賢は背を向けて玄関へ向かった。蕾生は後ろ髪引かれる思いだったが、梢賢に従った。
「あかんなあ……一刻の猶予もないで、ありゃ」
マンションを出てすぐ、梢賢が不安な顔を隠さずに呟いた。
「じゃあなんで出てきちまったんだよ?」
「伊藤を呼ぶなんて言われたら、あそこにはおれへんやろ。オレ達はまだなんも対策をたてとらん」
「けどよ……あの葵の姿、俺、見たことある」
蕾生は彼女のことを思い出していた。
「何やて?」
「キクレー因子が暴走した時の銀騎だ……」
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