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第五章 8 焦り
雨都家に戻った永と鈴心は肩を落として困っていた。
「もぉー、頼むよリン」
「すみません……」
鈴心はシュンとして俯いている。永も頭を掻きながら途方に暮れていた。
「やばいな、つられて本格的に喧嘩売っちゃったよ」
「申し訳ありません。ムカついたので……」
「まあ、確かに嫌味なメガネだけどさー」
決定的に対立したのは永の方であるが、きっかけを与えた鈴心の方がより落ち込んでいた。
するとそこにバタバタと忙しない足音を立てて梢賢が蕾生を連れて帰ってくる。
「ハル坊!ハル坊!」
「ん?どしたの、梢賢くん」
息を切らせて汗だくのまま、梢賢は永に詰め寄った。
「キクレー因子のこと、詳しく教えてくれ!」
「へ?」
間抜けな声を上げる永に、蕾生が雨辺で起こった事を説明した。
「なるほど。葵くんが……」
「なんて事……」
葵の状況を聞いた永も鈴心も神妙な面持ちで息を飲んだ。
「あの倒れた姿。この前の銀騎みてえだった」
「……ライくんがそう感じたなら、そうなのかもしれないね」
「おい!早く教えてくれ!キクレー因子が暴走するどうなるんや!?」
すっかり興奮している梢賢の問いに、永は冷静な態度に戻ってから説明する。
「キクレー因子は鵺が持ってるDNAだって言ったよね。あれが活発化すると、鵺化する危険がある」
「鵺が持ってるDNAがなんで葵くんにあるんや?」
「キクレー因子は鵺に呪われた人間にも植えつけられてるんだ。僕にも、リンにもキクレー因子はある」
「正確には、私の中のキクレー因子は銀騎詮充郎によって植えつけられたものですが」
梢賢は焦るあまりに鈴心の補足もあまりに頭に入っていない様だった。
「じゃあ、ライオンくんが鵺に変化するのって──」
「ライくんの中のキクレー因子が鵺化を促してるんだ。キクレー因子保有の濃さによって個人差があるらしい」
「ライの中のキクレー因子が一番濃く活発なため、今の所ライだけが鵺化するんです」
永と鈴心の説明は梢賢が欲したものではなく、地団駄を踏んで急かす。
「答えになってへん!君らはそうかもしれんけど、なんで葵くんまで!?」
「だから、雨都にもキクレー因子があるからだよ。雨辺は雨都の傍流なんだから、葵くんが保有していてもおかしくない」
「何やて?」
あまり冷静でない梢賢の心を落ち着かせるように、永はゆっくりとした口調で説明した。
「「うつろがたり」に書いてあったでしょう?雲水は僕らに協力してくれた、そして鵺化の戦いに巻き込まれて雲水自身も呪いを受けている。僕ら程ではないけどね」
「キクレー因子は遺伝することが銀騎の研究でわかっています」
「オ、オレにもあるのか……?」
「恐らく」
鈴心の補足が今度は届いた梢賢は、途端に青ざめて何も言えなくなった。
「ライから聞いた限りでは、星弥の時と似ているようですね」
「銀騎の孫娘か?じゃあ、彼女を助けたって言うのは……」
わなわなと震えながら梢賢がやっとそれだけ言うと、鈴心は頷いて続ける。
「星弥も詮充郎によってキクレー因子を植えつけられたデザインベビーです。星弥の実験は早い段階で失敗だとされていました。でも、私達と関わったせいで眠っていたキクレー因子が暴走して意識不明に陥りました」
「鵺化は、心身に重いストレスを与えられた時に起こる。これはライが何度もそうなっているから確かな情報だよ。あの時の銀騎さんも重大なストレスを抱えてた」
「菫が葵に与えたストレスは、相当重いものだったでしょうから……」
永と鈴心の説明を真面目に聞いていた梢賢はさらに身を乗り出して聞いた。
「どうやってその子は助かったんや!?」
「それが……」
「なんや!」
梢賢の剣幕にたじろぎながら、永は困りながら答えた。
「なんで助かったのか、僕もわからないんだよ。その後ライくんが鵺化しちゃって大変だったから……」
「それじゃ困る!葵くんも助けてくれえ!」
「リン、あの時に起こったこと、皓矢から聞いてないの?」
永は降参するように両手をあげて鈴心に振った。すると鈴心も自信なさそう答える。
「お兄様もあの時のことは今も調査中だそうです。ただ、お兄様の想像では、ライが鵺化したからではないかと」
「どういうこと?」
「星弥の中のキクレー因子は厳密には鵺由来ではなく、人工のレプリカに過ぎません。詮充郎がその活発化を図りましたが、時同じくしてオリジナルが顕現したので、レプリカの出る幕がなくなったのでは、とお兄様は仰っていました」
その仮説を噛み締めながら聞いた永は首を捻っていた。
「その理屈だと、葵くんには当てはまらないね」
「はい。雨辺のキクレー因子は何代も遺伝を経ているとはいえ、鵺由来のオリジナルですから。後は、保有するキクレー因子が少量であることを祈るしか」
「既に活発化しちまったから倒れたんだろ?」
蕾生の質問にも鈴心は予想で答えるしかなかった。
「でも少量であれば鎮静化も容易いはずです、多分……」
それを聞いて梢賢はますます青ざめた。
「少量やないかもしれん」
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