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第六章 4 疑心
「それって?」
首を傾げて蕾生が問うと、永はおもむろに編み上げたレースを見せた。
「これだよ」
「──永が編んだやつか?」
それを見て鈴心の方が青ざめて答える。
「ハル様のエネルギー……」
「あ──」
そこまで言われてとうとう梢賢も口を開けて固まる。更に永は不安気な顔で続けた。
「これに、キクレー因子が吸われてるとしたら?」
「葵くんに使ったら、鵺化の引き金になってしまうかも……」
「──まじかよ」
蕾生にもやっと非常事態だとわかった。それと同時に永は珍しく焦って狼狽えていた。
「どうしよう、梢賢くん!今からでも断れない?」
「んなこと出来るかいな!康乃様の決定は絶対やし、ハル坊かて喜んで参加する言うたやんか!」
「だってこんな事になるなんて思わなかったもん!」
「オレかてそうや!」
言い合う二人に向けて、鈴心は疑いの眼差しである可能性を述べる。
「待ってください。そうなると、私達を織魂祭に招待した康乃さんはどうなんです?」
「──え?」
「まさか、あのおばさんも……」
「グルってこと?」
蕾生も永も康乃の朗らかな笑顔を思い浮かべ、その裏に隠れる悪意を想像する。それまで気付きもしなかった可能性に皆が押し黙った。
「それはもっとあり得ん!!康乃様が葵くんを鵺化させる理由がない!」
最初にそれを打ち消したのは梢賢だった。首をぶんぶん振って否定する。
「確かに今の所、理由は見当たらないけど……」
永は消極的だったが、鈴心の考えは辛辣だった。
「眞瀬木の鵺信仰は雨都に影響を及ぼしたんですよね?本家筋の藤生には及んでいないと言い切れますか?」
言われた梢賢は心外だと言うように声を荒らげる。
「眞瀬木は今でこそ藤生の分家扱いやけど、元は成実家お抱えの呪術師やぞ!主人にそんな洗脳じみた事するかいな!」
誰よりも正しいはずの里長を疑われて憤慨する梢賢の気持ちを慮って、また沈黙が流れた。
だが、走り出してしまった想像は永の心を蝕んでいく。
「最初から、この村全体が僕らの敵だった……?」
「ハル坊!考え過ぎや!」
「でも、辻褄が合い過ぎて……」
鈴心もそんな永の不安に引きずられていく。思考が悪い方へと向かいかけた時、蕾生の大きな声がそれを堰き止めた。
「お前ら落ち着け!永の悪い癖だぞ!」
「ライくん……」
「お前、今、梢賢まで疑いかけただろ」
「……」
ピクリと肩を震わせた様を見て、梢賢も驚いて困惑した。
「なんやてぇ!?」
それを低く冷静な声で制して、蕾生は永に向き直る。
「ちょっと梢賢も落ち着いてくれ。永、そもそも俺達は雨都が困ってるから力になりたいと思ってここに来た」
「うん……」
「それは何故だ?雨都には沢山恩と借りがあるからだろ」
「そう……」
「なのに、その雨都を疑ったら本末転倒だ。雨都だけは疑ったらダメなんだ。前提を見失うな」
蕾生の真っ直ぐな言葉に、鈴心の瞳にも光が戻ってくる。
「そう、でした……」
「……ライオンくん」
そうして永も肩で大きく深呼吸してから梢賢に向き直る。
「梢賢くん、ごめん。僕、ちょっと焦ってたよ」
「──ええで。それだけハル坊は真剣になってくれたっちゅーことや」
「あー、ほんっと僕の悪い癖だよねえ!考え過ぎて疑心暗鬼になっちゃうの!」
少し大袈裟に頭を抱えて言う永の口調は、余裕を取り戻して明るくなっていた。
「ハル様は思慮深い方ですから」
「単細胞のライオンくんに救われたな」
「おい、お前ら」
鈴心と梢賢が慰める言葉に引っかかった蕾生は遠慮なく文句を言った。少しの間笑い合った後、永は改めて両手を打ってまとめる。
「よし、話を戻そう!康乃さんまで疑ったのはやり過ぎだったけど、とりあえず絶対に阻止しないといけない事はわかったよね!」
「絹織物及びそのエネルギーが眞瀬木珪の手に渡ること、ですね」
「まあ、儀式が無事に済めばお焚き上げするだけやからな」
鈴心も梢賢も思考の方向性が決まってスッキリした顔をしていた。
「絶対に、焼く」
「ライオンくんが言うと怖いわあ」
梢賢の冗談で場は和やかになったが、蕾生は一人納得のいかない顔でぶすったれた。
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