【超短編】その日から優しい雨の日には必ず水瀬くんの笑顔を思い出すようになった。

1/1
前へ
/1ページ
次へ
 高校に入ってから、気になる人が出来た――。  好きとかではなくて、目でただ追いたくなるような、そんな感じ。  青みがかった映像の世界に溶け込みそうで、優しい雨に馴染みそうな、同じクラスの水瀬 瑠璃くん。  初めて気になった時は多分、淡い青色の傘をさしながら雨の中でぼんやり立っている彼を見た時かな?  雨に混じって溶けてしまいそうで、儚くみえた――。 ☆。.:*・゜  水瀬くんは教室の窓側の、一番後ろの席にいる。なんていうか、見た目が中性的で動きもふわっとして、可愛くて不思議な男子。  休み時間も用事がない時はずっとひとりで席に座っている。窓の外を気だるそうに眺めていて、静か。動きも静かすぎて、物音ひとつ立てる姿を見るのも貴重だと思う。  私は休み時間、窓側前方で友達と話をしているのだけど、いつも自然に私の視線は友達を越えて水瀬くんにいく。  外を眺めている水瀬くんの視線の先には、水瀬くんに似合う薄紫色の紫陽花が満開に咲いていた。  いつも紫陽花を眺めているのかな?  いつも何を考えているのだろう。  窓が開いていて、一瞬強い風がふわっと吹いてきた。  水瀬くんの耳の下辺りまである、ふわっとした黒髪が揺れた。そして水瀬くんは風が目に入るのを避けるように、目を一瞬ぎゅっと閉じた。  その姿も可愛い――。  ある日の放課後、ぽつりと雨が降っている時。忘れ物をしたのを思い出して教室に戻った。  分厚い雲の影響で薄暗い教室。水瀬くんの机をふと見ると、鞄と共に一冊の漫画本があった。  水瀬くんはどんな漫画を読むんだろう。ふと気になって、机の前に来て確認してみる。 ――これは。  そのタイミングで水瀬くんが教室に。 「水瀬くん、この漫画って……」  はっとした水瀬くんは漫画本を急いで手に取り、机の上に置いてあった鞄に入れた。まるで見られたくなくて、隠すように。困った様子の表情をしていて、ほんのり顔を赤らめていた。  水瀬くんが持ってきていたのは『ドキドキだけど、君と手を繋ぎたすぎる』という題名で、ピュアすぎるじれじれな幼なじみの胸きゅんBL漫画の3巻だった。 「……その漫画、私も漫画アプリで追ってる」 「そうなの?」  水瀬くんの表情が少し和らいだ気がする。 「うん。アニメからハマったんだけど、すごく面白いよね。その漫画好き」 「……僕も好き。僕は、漫画連載始まってからすぐにハマったよ」  初めて水瀬くんと会話をした。  しかも同じ漫画にハマってるっていう共通点があって、嬉しい。 「雪白くんと陽向くんが初めて手を繋いだところまで読んだよ!」  どの場面かすぐに分かってくれると思ったから、水瀬くんに読んだシーンを伝えた。 「あの場面、強引に手を繋いだから雪白くんに嫌われちゃったのかな?って陽向くんは思ってたけど、雪白くん照れたから視線をそらしたのにね」 「そうそう、じれじれ感がすごいよね。でもそれがすごく好き!」 「僕も! この漫画貸す? アプリの漫画より更に加筆修正されてて、胸きゅんシーン増えてるよ!」 「そうなの? 読みたい!」 「じゃあ、2巻までは明日持ってくるね。この3巻は今から読むから読み終わったら貸す、で大丈夫かな?」 「ありがとう。っていうか、今教室で読むんだ?」 「うん。今日はカフェのバイト休みだし、家に帰ると妹たちと遊ぶので忙しくなるし。ここで読むとすごく集中できるんだ」  今まで何も知らなかった水瀬くんの情報を今、一気にいくつも知った。そして無口だと思っていたけど、こんなにいっぱい話をする人だったんだ。  近くにいるのに、遠くの別世界にいるように感じていた水瀬くん。ふたりの距離が縮まった気がした。  会話は続いてゆく。 「僕はBL自体が好きで……」 「BLっていいよね! BLでしか味わえない栄養ってあるよね!」 「そうそう、すれ違いの繊細な心情描写とか上手く描く漫画家さんが多くて。読んだ直後にずっと描かれてない方の気持ちも考えちゃって……どうしたらふたりは上手くいくのかな?とか、ずっと頭の中モヤモヤしちゃうんだ」  ずっと頭の中で……? 「もしかして、学校でも考えてたりする?」 「うん、よく考えてる」  もしかして気だるそうに外を眺めていた時も、漫画のことを考えていたのかな?  話題は途切れることがなく、漫画の話をいっぱいした。他の漫画にも詳しくて、オススメ漫画も教えてくれた。  時間はあっという間に過ぎていく。時計を見ると30分ぐらい経ってた。 「っていうか、ごめんね。水瀬くんの漫画読む時間をじゃましちゃって。そろそろ帰ろかな。また明日ね!」 「全然じゃまなんかじゃなかったよ! 漫画の話を人としたの初めてで、すごく楽しかった」 「私も楽しかったよ!」  手を振り合い、教室を出ようと水瀬くんに背を向けかけた時、水瀬くんがぽつりと呟いた。 「なんか周りには漫画のこともそうだけど、好きなことを好きって、なかなか言えなくて……話が出来て、本当に嬉しかった」  自然と私は立ち止まり振り向く。 「その気持ち分かる。私も同じだから……でもきっと、好きなものがあるって素敵なことだと思うから、きっと堂々と『好きなものを好き』って言ってもいいんだよね!」  自分にも言い聞かせたその言葉。  水瀬くんはその言葉を聞くと、本を胸元でぎゅっと抱きながら「うん」と頷き、可愛く笑った。本当に可愛くて、胸の奥がキュンとした。水瀬くんは普段無表情で笑顔をみせない。この笑顔も貴重な笑顔。  水瀬くんを知ると、もっと知りたくなった。一緒に漫画の考察もしたい。 「明日、また水瀬くんとたくさん話がしたいな!」 「うん!」 ☂️。.:*・゜  帰り道、雨の香りがする。  優しい雨が上がった後だ。  空には虹がかかっていた――。  
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加