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リョウキュウははりがたし
「消費税十パーセント引き上げ案について、賛成多数で可決されました」
『パチパチ、パチパチ』
立ち上がり拍手する参加者の姿を見渡した。
「これでよし」と呟いた。
王様が満足そうな表情を浮かべているのを見て胸を撫でおろす。最後に会場に向かって深々と頭を下げる。自然と口元が緩み、拳を握りしめこっそりとガッツポーズをした。
「消費税十パーセント法案は意外と簡単に可決されたな。お前の根回しのおかげだ。よくやった」
「ありがとうございます」
王様は会議の後、私を部屋に呼びつけてそう言ってくれた。
私は胸を張った。
「ところで」
急に王様の声が低くなった。
「はい」
王様の顔を見ると、表情がにわかに険しくなった。王様の話には続きがあるようだ。
「今年の地球派遣の参加者だが、報告がまだないようだが、今年の十名の参加者の名前を教えてくれるか」
やはりこの話か。ズボンのポケットからハンカチを取り出し、吹き出た額の汗を拭った。
「はい、それがですね」
ここでまた額の汗を拭った。
「それがどうした?」
王様の眉間に皺が刻まれる。
「実はですね、今年も十名の参加を予定しておりましたが、一名が参加を拒んでおりまして、そのー」
王様の顔がみるみる赤くなるのがわかった。続く言葉が出ない。
「参加を拒んでいるだと。そんな話、わしは聞いとらんぞ。一体どういうことだ」
「も、申し訳ありません」
腰を直角に折った。
「謝らなくていい。どういうことか訊いているんだ」
王様がテーブルを叩いた。
「それがですね、理由がよくわからないものでして」
体がガチガチに固まった。
「お前はこんな大事なことを理由がわからないまま放置しているのか」
「放置しているわけではなく、これから本人に理由を訊いてみようかと思っております」
「これからだと。なぜ早くしない」
王様がギロリと睨みつけてきた。
「消費税法案のことなど、いろいろとございまして、それで後回しになってしまいまして、その……」
理由を説明しようとすればするほど言い訳がましくなる。王様の顔がみるみる険しくなっていくのがわかる。
「何、呑気なことを言っている。地球への派遣は、この星の誰もが憧れる研修だぞ。すぐに理由を確認しろ。この研修を拒むなんてことは前代未聞だ。わしは絶対に認めんぞ」
「は、はい、そ、早急に」
私は踵を返し、この場から逃れようとした。
「おい、逃げるな、話はまだ終わっとらん」
王様が私の背中に向かって怒鳴った。私はビクッと背筋を伸ばした。
「は、はい」
王様の方に恐る恐る振り向いた。またギロりとした目で睨まれた。
「地球派遣の実現はわしの長年の夢だった。そして、その夢がやっと叶って、毎年研修生を送り込めるようになった。やっとここまできたわけだ。それはわかっているだろうな」
「はい、承知しております。地球派遣実現のため、王様がご苦労されたことは存じ上げております」
「これまで地球派遣の研修に参加した者は全員が満足し、その噂を聞いた者の派遣希望が後を絶たないとわしは報告を受けている。それに間違いはないな」
「間違いございません」
「地球から帰って、地位も収入も大幅にアップする。そうだな」
「さようでございます」
「それなのに何故断る奴がいる」
「それが私も不思議でして……」
「不思議だと思うなら、さっさと調べろ」
「申し訳ありません。す、すぐに調査いたします」
深々と頭を下げてから、立ち去ろうとすると、また声が飛んできた。
「おい、待て」
その声にまたビクリとして立ち止まり振り向く。
「マスコミは地球派遣の素晴らしさや派遣から帰ってきてからの好遇をしっかり伝えているのか」
「はい、マスコミもしっかり伝えてくれております。地球は美しい星で、食べ物は美味しいし、景色が綺麗で、地球人は勤勉で思いやりがある。そんな素晴らしい環境下での研修が受けられる上、研修が終わると、このイイナリ星に戻ってきてからは、王様直属の職に就き、安定した生活が送れる。そんな内容で伝えてくれております。現に今回選ばれた他の九名は光栄に感じているようで、お礼の手紙が届いております」
直立不動で答えた。
「わしは、その手紙を見とらんぞ」
「申し訳ありません。十名分揃い次第、お持ちする予定にしておりましたが、なにぶん一名が、そういう状況でしたもので、……」
体を小さくした。
「わしは、この星の優秀な奴らを地球に派遣し、彼らに地球の素晴らしさを肌で感じてもらいたいんだ。そして、この星を地球のような素晴らしい星にする為に、わしに協力してほしいんだ。お前も地球派遣に行ってよかっただと思っているだろ」
「はい、私も地球派遣に参加させて頂いたことを、有り難く光栄に思っております。そのおかげで今の私があります。王様のお考えは本当に素晴らしいです」
慇懃に頭を下げた。
「わかっているなら、その一名が誰なのか、すぐに調べて報告しろ。わしがそいつを説得してやる」
「かしこまりました。早急に」
深々と腰を折って、部屋を後にした。部屋を出て、「フゥー」と息を吐いた。
「王様、地球派遣参加を拒否している者がわかりました」
部屋に入った瞬間、王様にギロリと睨まれた。
「早かったな」
王様の口元が綻んだ。すぐに調べて褒められると思った。
「ええ、急いで調べましたから」
にこやかな表情で答えた。
「すぐできることを、今までなぜ放置した。お前は能無しか」
王様が怒りだした。
「申し訳ございません」
また体を小さくした。
「まあいい。お前の実力はその程度だとわかった。それより地球派遣を拒んでいるバカはどこのどいつだ」
王様が睨んだ。
「あ、は、はい。『リョウキュウ』という女性のようです」
「なに、女だと。女の派遣ははじめてだろ。女はダメだ。なぜ、女を選んだんだ」
今回はじめて女性を選んだことで褒めてもらおうと思ったが、ダメだったようだ。なぜ女性を選んだのかをしっかりと説明しなければならない。
「実はですね、地球では、女性の活躍が目立っており、女性の方が優秀だという情報が入っておりまして、それで今回は一名優秀な女性がおりましたので、選ばせていただきました」
「地球では女が活躍して優秀だと」
「は、はい、地球からの情報ですが、そのように聞いております」
「女はダメだ。奴らは優秀すぎるんだ」
王様が吐き捨てるように言った。
「優秀すぎるんですか」
よく意味がわからなかった。優秀すぎるのはダメなのだろうか。
「いや、まあいい。とりあえずすぐに『リョウキュウ』をここに呼べ」
「はい、早急に」
この部屋での長居は無用だ。すぐに『リョウキュウ』を連れてきて、この件をさっさと終わらせよう。
「リョウキュウさん、ご足労いただき有難うございます。本日、お呼びだてしたのは、地球派遣の研修参加を拒んでいる件でございまして」
王様は横で椅子にふんぞり返り、対面に座るリョウキュウを睨みつけていた。いきなり呼び出され、王様に睨みつけられているリョウキュウを心配したが、彼女は顔色ひとつ変えず平然としていた。口元に笑みさえ浮かべている。
「ああ、その件ですか」
リョウキュウは面倒臭そうに後頭部を掻いた。
「どうして参加を拒んでいるのか、その理由をお聞かせいただきたいのですが。体調に不安があるとかそうした理由でしょうか」
さすがの王様も体調が理由なら許してくれると思った。それならすぐに他の候補者を探せば、この件は解決する。
「地球派遣の研修参加は任意でしたよね」
リョウキュウが王様と私を交互に見た。
王様の表情が歪むのがわかった。
「え、ええ、一応参加は任意ではございますが、これまでの候補者は全員が参加しており、参加を拒んだのはあなたがはじめてなもので、一体どういう理由で拒んだのかをお聞かせ頂ければと思い、今日お呼び立てした次第でございます」
言い終わると王様が舌打ちして私を睨んできた。
「わたしは、このイイナリ星をもっと素晴らしい星にしたいと思っています」
リョウキュウが背筋を伸ばした。リョウキュウの目はじっと王様の顔に向けられていた。
「ほほう、それは良い心がけだ。その為にも地球派遣に参加してこの星をよくするために学んできてほしいんだ」
王様が身を乗り出した。
「王様のおっしゃる通りです。あなたがこの星をより素晴らしい星にしようと思ってくださっているなら、ぜひ地球派遣に参加していただけませんか、そして、私たちといっしょに王様に協力しましょう」
これでリョウキュウが首を縦に振れば、この件は落着する。
しかし、リョウキュウは首を捻った。
「そんなことで、この星は良くなるのでしょうか。もし本気でそう思ってらっしゃるなら、その考えを改めた方がよろしいんではないでしょうか」
「な、なんだと」
王様の額に血管が浮いた。
「リョウキュウさん、どういうことでしょうか。考えを改めるとは王様に対して失礼ですよ」
落着どころか話は良からぬ方向へ進んでいく。体全体から汗がどっと吹き出た。
「まず、地球派遣に行く時間とお金がもったいないです。そんな時間とお金をかけるなら、この星に残って、山積みになっている課題解決のために改革に取り組み、この星を皆が住みやすい平和で素晴らしい星にしたいです」
「地球派遣に行く期間は、確かにこの星から離れなければなりません。お金もかかります。この星のことが心配なのはわかります。しかし、派遣して学べることはこの星を長い期間離れ、お金を支払っても、余りある内容だと私は思います」
王様の顔色を伺いながら、リョウキュウに向かって話した。王様がウンウンと頷いて聞いているのを見て、ほっと胸を撫で下ろした。
「この男のいう通り、地球派遣に行くことで『私の星』を君が思い描く素晴らしい星にするヒントが見えてくるはずだ」
「王様、『私の星』ではなく『私たちの星』です」
リョウキュウが王様の目をじっと見て言った。
「なんだと」
王様がリョウキュウにきつい視線を向けた。 二人の視線の間にバチバチと火花が散った。
「リョウキュウさん、地球派遣は選ばれし者しか参加出来ないのです、私どもで優秀な人材だと判断した者に、今後、この星を地球のような素晴らしい星にしてほしいと思い、派遣しているのです。あなたは選ばれた人です。それも女性でははじめてのことです。これはすごく名誉なことですよ」
なんとかリョウキュウを説得しなければならない。でないと、この後の王様の態度が恐ろしい。
「わたしなりに地球について調べてみましたが、マスコミが報道しているほど良い星ではないというのが、わたしの印象です」
「それはどういったところでしょうか」
「地球は戦争やテロが各地で起こり、妬みや憎しみの多い星です。マスコミは良い部分だけを切り取って報道しています。なので、その情報を鵜呑みにするのは危険です」
王様の顔色を伺う。苦虫を噛み潰したような表情だ。
「確かに、地球には君の言うような一面もある。それは我々も理解している。しかし、地球はたくさんの国に別れていて、我々が派遣しているのは『NIPON』 と言う国だ。『NIPON』はおもてなしの心を大切にした地球の中でも平和で美しい国だ。私は地球というより『NIPON』 のような素晴らしい国を目指しているのだ」
「『NIPON』 ですか」
リョウキュウが訊く。
「そう『NIPON』だ」
王様が答える。
「わたしの周りには地球派遣に参加した人がたくさんいます。わたしの父や兄もそうです。しかし、その人たちが地球派遣から帰ってきて、この星を素晴らしい星にしようとしているかと言えば、そうではありません。どちらかといえば、そうした気持ちを失っているようにしか見えません。みんな平和ボケして、腑抜けになって帰ってきた印象を受けます。派遣に行くまでは、この星を素晴らしい星にしようと志を持っていたのですが、帰ってきてからは、自分の地位や収入を守る事だけを考えるようになってしまっています」
「私も地球派遣に参加した者です。あなたの言うような事は決してありません。『NIPON』で、多くの事を学び、幸せを実感して帰ってきました」
「では、あなたは地球派遣から帰ってきて、この星のために何をしたのですか。あなたを見ていると、王様の顔色しか伺っていないように見えます」
リョウキュウがきつい視線で私の目をじっと見た。
「そ、そんなことはありません。私は地球派遣から帰ってからですね、王様のために尽くしてですね……」
「とにかく、わたしは参加いたしません」
リョウキュウが私の話を遮った。
「いえ、あのちょっと待ってください。それは困ります」
「何が困るんでしょうか」
「あなたの勝手な行動を今許してしまうと、王様の顔が立ちませんし、私はどんな処分が待っているかと思うと夜も眠れません。きっと私は今の地位のままでいられなくなります」
「王様の顔が立たないとかあなたの地位が落ちるなどは、私には関係ありません。はっきり言って、どうでもいいことです。私はこの星を今とは違う素晴らしい星にするために、地球には行かないと決めています。この星に残って、ここに住む人達にとって住みやすい星にします」
「考えを改めた方が、あなたのためですよ」
隣で王様の体が震えているのがわかる。怒り心頭に発しているにちがいない。王様に顔を向けるのが怖い。
「もういい、わかった」
王様の声は怒りで震えていた。
「よ、よろしいのですか」
恐る恐る、王様の顔を伺った。顔を真っ赤にして震えている。
「ああ、もういい。話しても無駄だ。帰ってもらえ」
王様は席を立ち、バタンと勢いよくドアを閉め部屋から出て行った。
「やっかいな奴が現れたぞ」
王様はテーブルに並ぶ食事を前にして前に座る女王に向かって言った。
「やっかいな奴ですか。帰ってきてあなたのご機嫌が悪いのはそのせいでしたか」
女王は手に持つスプーンでスープを掬い上げた。
「ああ、すこぶる機嫌が悪い。こんなことは初めてだ」
王様は食事を口にする気にはなれない。
「でも、あなたの機嫌が悪いのは、いつものことですけどね」
女王は口元をナフキンで拭って笑みを浮かべた。
「今日は特別だ。特に機嫌が悪い」
「特に機嫌が悪いって、何があったんですか」
女王が王様の顔を伺った。
「わしに反旗を翻す奴が現れたんだ」
「あらー、大変。この星にもまだそんな骨のあるのがいるんですか」
女王が手のひらを口に当てた。
「優秀な人材は一つ間違えれば、わしに反旗を翻す。地球派遣の目的は、そうした優秀な人材を地球人のようなイエスマンの腑抜けにしてしまう事だ。そして、わしの命令通りに働く優秀な家来にしてしまうことだ」
「あなたのお考えは、素晴らしいですわ。そのおかげで、この星は永遠にあたしとあなたのものですもの。絶対に邪魔をさせてはいけませんわ」
「しかし、ここにきて邪魔しようとする女が現れたんだ」
「まあ、女ですか。それはまたやっかいですわね。大体、女の方がやっかいですから。男は単純だから地位やお金で心が動くのよ。でもね、女はそんな単純じゃない」
女王が持っていたフォークを王様に向けてニタリと笑った。
「今から法律を変えて、地球派遣の参加を義務にするしかないな。それと期間もこれまでの一年間ではなく、しっかり腑抜けになったのを見極めてからこの星に戻すことにしよう。あの女をこのままこの星に置いておくことは危険すぎる」
「あなた、スープが冷めちゃいますわよ」
「そうだな」
王様はスプーンでスープを掬って口に運んだ。今日はうまくない。
「リョウキュウさん、イイナリ星に戻らないで、まずはこの『NIPON』を変えるのですか」
リョウキュウといっしょに地球に派遣された研修生の一人が訊いた。
「そうよ、ここに派遣されたくはなかったけど、強制的に派遣されちゃったから、まずこの『NIPON』を変えないといけなくなったの。これまでに、ここで研修を受けて帰ってきたわたしたちの仲間たちは、みんな平和ボケして腑抜けにされてしまっていたわ。そして王様の言いなりの家来に成り下がってしまっている。だから、先にこの『NIPON』をわたしたちの力で変えないといけない」
「確かに、ここ『NIPON』という国はみんなこんなに虐げられてるのに、平気な顔をして過ごしてますよね。こんな状態なのに、なぜ、この国のトップに意見しないんでしょうか」
「選挙っていう制度で国民が選んだグループのトップの方針だから、逆らえないみたい」
「それでしたら、国民が自分たちで選んだトップなわけだから、国民はトップのやり方に納得しているわけですよね」
「でも、国民の本心はわからないわ」
「本心がわからないというのは、納得はしていないということですか。それならトップに意見するべきですよ」
「ここの国民は何をしても変わらないとあきらめてしまってるのかもしれない」
「あきらめてしまうのはダメでしょ。この国には、さっき話していたトップを選べる選挙というのがあるなら、それを利用しないと、ここの国民みんなが損しますよ」
「その選挙も怪しいわ。そこから変えないとダメかも」
「選挙の何が怪しいんですか」
「選挙に国民全員が参加してるわけじゃないみたいだし、デキレースなんじゃないかしら。そこを変えないとこの国はきっと良くならないわ」
「なんか大変そうですね」
「もちろん大変よ。でも、わたしたちの星もここに近づいてる。消費税十パーセント法案が簡単に可決されるようになったんだから」
「あー、あれは厳しいですよね」
「わたしたちの星も間違いなく、ここと同じ道をたどってる。本当に危険な状況よ」
「でも、この国って変わりますかね」
「わたしたちの力で変えたいけど、わたしたちだけでは無理ね。やっぱりここに住む国民次第になるわ」
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