雨女の目論見

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 高校の校舎の出口から、空を見上げる。  雨が降っている。  空はどんよりと曇り、空気はじめじめと湿っている。  これから通る帰り道を見渡すと、そこかしこに水溜りができている。  もう7月も後半で、梅雨はとっくに明けたはずだ。  天気予報でも、今日は終日晴れのはずだった。  その理由は私だ。  私は“雨女”なのである。  と言っても、抽象的に雨を呼ぶという意味の雨女ではない。  私は本当に雨を降らせることができる。  私の名前は仁藤依子(にとう よりこ)。  都内の高校に通う高校1年生だ。  3ヶ月前、高校に入学してしばらくして、この能力に気付いた。  その日は、体育で100メートル走が行われる予定だった。  運動音痴の私は「雨が降って、中止になればいいのに」と心の中で願った。  その直後、土砂降りの雨が降り出した。  雨は夜まで降り続けた。  その日の降水確率は10%。  ありえない天候の変化だった。  まさかと思った私は晴れた日に何度か試してみた。 「雨よ降れ」と。  百発百中で本当に雨が降った。  私は本当に雨を呼ぶ“雨女”となったのだ。  事後に気象情報を色々調べてわかったのは、雨を降らせることができるのは、私を中心とする半径10kmの範囲であった。  一度降らせた雨は自分の意思でやませることはできず、必ずその日の夜まで降り続いた。  そして、使っていくうちにわかったことなのだが、私の能力にはやっかいな発動条件があった。  その日、家を出る時に傘を持ってでないこと。  置き傘もダメで、外出先で傘を買うのもダメ。  他人の傘を借りる、他人の傘に入れてもらうというのはセーフだった。  だが、元々雨が降る予定のないところに雨を降らせるので、傘を準備している人間というのは周りになかなかいない。  つまり、私はこの能力を使うと高確率で雨に濡れて帰らねばならないのだ。  最悪の能力だ!!  まさに“雨女”!!  と思っていた。  だが、つい先日、私はこの能力に使い道を思いついた。  私には好きな人がいる。  2年生の山田亮太(やまだ りょうた)先輩だ。  この能力に気付いた少しあとくらいに、山田先輩と出会った。  同じ美化委員会の委員で、何度か校舎の花壇の手入れを一緒にやった。  適当に入る委員会を決めた私や他の委員と違って、山田先輩は植物のことが大好きで、誰よりも熱心に花壇の世話をしていた。  そんな心優しい先輩なのだが、一つ変なところがあった。  晴れているのに傘をほぼ毎日持ってくる。  しかも、逆に雨の日に傘を持って来ず濡れて帰ることもある。  私は不可思議な先輩の行動が妙に気になって、花壇の花の世話しているときに思い切って聞いてみた。  すると先輩はこう答えた。 「別に晴れてようが雨に濡れようがいいじゃないか。こいつらには太陽の光も雨も両方必要なんだよ」  と言って、花壇の花に微笑みかけた。  質問の答えに全くなっていなかったが、その優しい笑顔を見て、私はもう質問などどうでもよくなっていた。  その慈しむような笑顔が自分に向けられたらどんなに幸せだろう。  そう思ってしまった。  私は山田先輩に愛されたいと思ってしまった。  それからというもの、面倒だと思っていた美化委員会の活動が楽しみになった。  もちろん目当ては山田先輩だ。  だが、委員会の活動なんてそんなにしょっちゅうあるものではない。  何とかして山田先輩にもっと近づきたい。  そんなある日、私の“雨女”の能力を使うことを思いついたのだ。  計画はこうだ。  晴れの日に山田先輩が傘を持ってきているのを確認する。  そして、下校時刻の少し前、「雨よ降れ」と願って、雨を降らせる。  それから、校舎の出口で山田先輩を待つ。  無論は私は傘を持っていない。  そう、山田先輩の傘に入れてもらって二人で帰るという目論見なのである。  そして、今がまさにその時である。  私は校舎出口で、無限に雨粒を落としてくる灰色の空を見上げながら、山田先輩を待っている。  他の生徒達は、予定にない雨に皆困っているが、置き傘を使う者、常備している折りたたみ傘を使う者、他の者の傘に入れてもらう者など、なんとかかんとか帰っていく。  大半の生徒が出ていったあと、やっと山田先輩が出口にやってきた。  先輩はいつも通り傘を持っている。  先輩は出口で立ち尽くす(ふりをしている)私に気づき声をかけてくる。 「仁藤、傘持ってきてないのか?」 「ええ、今日、予報は晴れでしたから……」  私はそう言って、全力で困っている顔をする。  さあ、山田先輩!!  困っている可愛い後輩に手を差し伸べて!! 「俺の傘に入って一緒に帰ろう」って言って!!  私は困った表情のまま、心の中で全力で念じた。  が、しかし…… 「そうか、雨の道は滑るから気をつけて帰れよ」  と言って、そそくさと傘をさして出ていってしまった。 「あ、あの……」  私は山田先輩に手を伸ばしながら、言葉に詰まった。  こちらから「入れて下さい」というのはさすがに図々しくて言いづらい。  窮している私に先輩が振り返って声をかける。 「大丈夫、すぐに止むよ」  完全な気休めだ。  いや、気休めにすらならない。  この雨が夜まで止まないことは私がよく知っている。  なにせ、私が降らせたのだから。  雨に降られ……  好きな先輩にもフラれ……  私は一人校舎出口に取り残され、呆然と立ち尽くしていた。  が、そのとき、耳に届く雨音が弱くなっていた。 「え……」  思わず声が漏れた。  私の降らせた雨が弱まることなんて今まで一度としてなかった。  私は外を見回す。  気のせいではなかった。  雨足はどんどんと弱くなり、それどころか空の雲まで急速に散っていき、最後には太陽が顔を出していた。  ウソ……  なんで……  こんなことは初めてだ。  私の降らせた雨が途中で止むなんて。  信じられない状況で、辺りを見回していると、視界の端にまだ山田先輩がいた。  山田先輩は傘をさしたまま、私の方を向いて、にっこりと微笑んでいた。  高校の校舎の窓から、空を見上げる。  雨が降っている。  空はどんよりと曇り、空気はじめじめと湿っている。  これから通る帰り道を見渡すと、そこかしこに水溜りができている。  もう7月も後半で、梅雨はとっくに明けたはずだ。  天気予報でも、今日は終日晴れのはずだった。  最近、こういうことが多い。  だが、俺は困らない。  俺は“晴れ男”なのである。  と言っても、抽象的に晴れを呼ぶという意味の晴れ男ではない。  俺は本当に晴れにすることができる。  俺の名前は山田亮太。  都内の高校に通う高校2年生だ。  1年と少し前、高校に入学してしばらくして、この能力に気付いた。  ある雨の日、傘をさして下校している途中、「あー、雨うっとおしいなー。止んでくれないかなー」と心の中で願った。  その直後、雨はぴたりと止んだ。  その日の降水確率は90%。  ありえない天候の変化だった。  まさかと思った俺は雨の日に何度か試してみた。 「晴れろ」と。  百発百中で本当に晴れた。  俺は本当に晴れを呼ぶ“晴れ男”となったのだ。  事後に気象情報を色々調べてわかったのは、晴れにすることができるのは、俺を中心とする半径10kmの範囲であった。  そして、使っていくうちにわかったことなのだが、俺の能力にはやっかいな発動条件があった。  その日、家を出る時に傘を持っていること。  他人の傘を借りてもダメで、他人の傘に入れてもらうのもダメ。  置き傘を使う、外出先で傘を買うのはセーフだった。  つまり、俺はこの能力を使うには晴れているのに傘を持ち歩かねばならないのだ。  最悪の能力だ!!  なにが“晴れ男”だ!?  とは思いつつも、俺はこの能力を最大限に活用した。  雨の日には傘を持って出て、「晴れろ」と願って晴れにした。  悪くない能力だと思っていたある日、俺は愕然とした。  美化委員会で世話していた花壇の花が水不足で全滅したのだ。  俺は悔やんだ。  俺が能力を濫用したせいで、かけがえのない命が消えたのだと。  それから俺は、花壇の花たちを必死に世話した。  能力を使うのは雨が続いて、花壇の保水が過剰になりそうなときだけにした。  俺はほとんど能力を使わなくなった。  だが、今年度に入ってから、急に雨が増えた。  しかも、予報にない雨だ。  今のところ花壇にそれほど影響はないので能力は使っていないが、いつでも使えるように俺はほぼ毎日傘を持ち歩くようになった。  だが、俺もつくづく運が悪く、傘を持って来ていない日に限って雨に降られて、ずぶ濡れになって帰ることが何度かあった。  そして、今日も予報にない雨が降っている。  今日はいつもどおり傘を持ってきている。  花壇は今、水分が過剰にも不足にもなっていないので、特に能力を使うつもりはない。  傘を持って、出口に来ると、美化委員会の後輩に出くわし、声をかけた。 「仁藤、傘持ってきてないのか?」 「ええ、今日、予報は晴れでしたから……」 「そうか、雨の道は滑るから気をつけて帰れよ」 「あ、あの……」 「大丈夫、すぐに止むよ」  そんなやり取りをして、俺は傘をさして校舎の外に出た。  仁藤はいいヤツだ。  美化委員会の仕事なんてみんないやいややっているのに、仁藤だけは一生懸命やってくれる。  きっと植物のことが好きなんだな。  俺は仁藤への感謝の気持ちを込めて願った。 「晴れろ」と。  ほどなく雨足は弱まり、空の雲は急速に散っていき、最後に太陽が顔を出した。  仁藤の方を見ると、目をぱちくりぱちくりさせて、困惑している。  しまった…… 「すぐに止むよ」って言ったのまずかったかな……  仁藤は不思議そうな顔でこちらを見ている。  その表情が小動物のようで妙に可愛らしかった。  俺は無性に仁藤ともっと話がしたくなった。  仁藤のところに戻り、声をかける。 「一緒に帰らないか?」  仁藤はさらに困惑した表情をしながらも、こくこくと頷いた。  それから二人で帰った雨上がりの道は、キラキラと眩しく輝いていた。
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