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3.ばあちゃん
俺を川から拾い上げたそいつの名前は「ばあちゃん」というらしい。
ばあちゃんは真っ白な頭をしていて、身体もちょっと曲がっていて、「いたたた」と言わないと立ち上がれない。動きも鈍い。それがじれったくもあったけれど、俺はばあちゃんのそばにいられることがとにかくうれしかった。
「モンタの声はどこにいてもすぐわかるねえ」
モンタなんてくそださい名前を俺はつけられていて、その名前を呼ばれることがいささか不本意ではある。だが、モンタと呼ぶときのばあちゃんの声音が俺は世界で一番好きだった。
そのばあちゃんにとっても俺の声は特別らしい。
「昔一緒に住んでたわんこがねえ、モンタとよく似た声で。川からモンタの声が聞こえたとき、あの子が帰ってきたのかと思ったよ」
俺の体を撫でながらばあちゃんは俺の知らないやつのことを語る。
正直、面白くない気持ちもあった。だって俺はそいつじゃない。俺のモンタという名前はもともとそいつの名前らしいが、今のモンタは俺だ。俺の名前を呼びながら他のやつのことなんて考えてほしくない。
これがテレビで言っていた「嫉妬」ってやつだろうか。
「可愛いねえ。モンタは本当にいい子」
とはいえ、俺の嫉妬はばあちゃんの、いい子、を聞くといともあっさりと霧散してしまう。
我ながらちょろいと思うが、俺にとってのばあちゃんはばあちゃんだけで、過去のモンタがどうだろうと俺は俺だ。
今ばあちゃんを笑顔にしているのはほかでもない俺なのだ。
「モンタは賢いねえ。私の足音わかるんだねえ。鳴いてるの聞こえてたよ」
買い物から帰ってきたばあちゃんを出迎えた俺を、ばあちゃんは水気のないかさかさの手で今日も撫でてくれる。
当たり前だ。ばあちゃんの足音は他のニンゲンとは全然違うのだ。俺に聞き分けられないはずがないじゃないか。
ばあちゃんにおかえりって言えるのは、俺だけなんだから。
おかえり、ばあちゃん。
俺はばあちゃんが毎日綺麗にブラッシングしてくれる栗色の尻尾をつん、と上げ、わん、と声高く鳴いた。
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