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5.あなたの気持ちは
「結局、それっきり。気が付いたら俺は土の中にいた」
先輩はささやかな声で言ってから声の調子をふい、と変える。
「ばあちゃんがあの後どうなったのか俺は知らないし、確かめるすべもない。まあ、でも、きっとひとりきりってことはないさ。ばあちゃんは優しい人だし、きっと大丈夫さ。だからそんな顔すんなよ」
先輩が自分の一度目の終わりについて話したのはこのときだけだ。あとはずっと他愛ない話をして僕たちは土の中で過ごした。
先輩はたくさんのことを知っていた。そのすべてがばあちゃんから、あるいはばあちゃんと共に見たテレビからの情報らしい。
「俺たちはさ、身体ができたら地上に出て、伴侶を探すんだよ」
「伴侶?」
「そう。伴侶を見つけて、俺たちの子孫を残す。そのために精一杯鳴く」
淡々と語られる先輩の言葉を聞きながら、僕の脳裏に浮かんだのは、最初の年に先輩が語ってくれた先輩の前世の話だ。
「先輩は……そうすると、また、鳴くために生まれたんですね」
「どういう意味?」
不思議そうに先輩が問い返してくる。暗い土の中、僕は注意深く体の向きを変え、先輩のほうを向く。
「前は『ばあちゃん』のために鳴いてたって言ってたから」
「ああ」
僕の呟きに先輩は気だるげに返事をした後、くるん、と体を引っ繰り返して僕に背中を向ける。
「忘れちまったよ、そんなの」
どうやら失言だったようだ。反省しながら僕も眠りにつく。
深い、深い眠りの合間に夢を見た。
犬、というものだったころの先輩の夢だった。先輩の隣には「ばあちゃん」がいて、先輩の背中を撫でながら笑っている。
僕は知らない。撫でられることの幸せを。どんな感触を伴うものなのかを。
温かいのだろうか。冷たいのだろうか。
柔らかいのだろうか。硬いのだろうか。
どんな香りがするのだろう。木の幹から染み出て来る樹液みたいな、甘い香りなのだろうか。
どんな感じなのだろう。
可愛いね、と笑ってもらえる、それはどんな気持ちになるものなのだろう。
隣で眠る先輩は僕の知らないそれを知っている。
先輩が少し、羨ましくなった。
と、同時に、今、「ばあちゃん」のそばにいられない先輩の気持ちを思って胸が疼いた。
先輩は今、どんな気持ちなのだろう。
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