6.やっぱり

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6.やっぱり

 先輩の本心を聞くこともなく、月日は流れ、土の中での生活も最後の年となった。  その年も僕と先輩はふたりでたくさん話をした。これからの生活のことも話したけれど、多くは先輩が前のときに体験した話だった。  先輩がこんなに口数が多いのも前のとき、「ばあちゃん」とたくさん話をしたことが影響しているのかもしれない。  話して、眠って。また話して。  そうして月日を重ねていたある日だった。先輩が唐突に身を起こした。 「ばあちゃん?」  先輩の声に僕は驚く。先輩は土に体をこれ以上ないほど押し当て、全神経を地表に向けている。 「この歩き方……ばあちゃんだ」  そう言う先輩の声は地中で語り合っている間、一度として聞いたことがない動揺に滲んだものだった。  次の日も先輩は「ばあちゃん」の気配を感じ取ることに成功した。 「この近くに住んでいるのかもしれない。ばあちゃん……」  毎日の楽しいおしゃべりの時間すべてを、先輩は地表へ意識を向けることに使うようになった。 「俺、さ、ばあちゃんに会いに行こうって思うんだ」  いよいよ翌日、地表へと旅立つ日、先輩は密やかに準備を整えながら言った。 「伴侶を探すって話だったじゃないですか。それは、いいんですか?」 「よくはないよ。ないけど、でも」  先輩は再び土に体をめり込ませ、地表へと意識を飛ばす。僕には聞こえないけれど、先輩は確かに「ばあちゃん」を感じているようだった。 「俺、ばあちゃんに言えなかったから。おかえりって。まあ、おかえりもなにも今更なんだけど、やっぱりさ、会いたくて。変、だよな。ほんと」  照れ笑いする先輩に僕はなにも言えなかった。  僕は先輩に聞かされていた。地中で長く成長を続けていた僕たちが、地表に出て生きていられる時間はあっという間である、ということを。  その短い時間に僕たちは、全力で伴侶へと呼びかけなければならない。  僕たちの子孫をこの世界に残すために。  それはとても尊いことだと先輩だって言っていたのに、先輩は前世なんて馬鹿みたいなもののために、その貴重な一生を使おうとしている。  絶対に止めなきゃいけない。  けれど先輩の決意は固く、説得できないまま運命の日はやってきた。  まだねっとりとした暑さに覆われた夕暮れ、僕たちは暗い地中に別れを告げ、眩しい世界へと歩き出す。 「ありがとうな。お前と一緒にいられてすごく楽しかった」  ゆっくりと体から子どもの名残りを脱ぎ捨て、先輩は笑う。それに倣いながら、僕はまだ先輩を止められないかと思い悩んでいた。  けれどその僕の想いをよそに、太陽は昇る。 「先輩、やっぱり……」  追いすがろうとする僕の声をすり抜けるように、ばあちゃん、と先輩が呟く。  そこで僕も気づいた。僕たちがいる木の下を歩いていく、ニンゲン、の姿に。  そいつは先輩の思い出の中の通り、少し歩きにくそうに木陰を進んでいた。ゆっくりゆっくり、僕らが留まる木の下をそいつが通過していく。真っ白な頭が朝陽に白々と煌いていた。 「ばあちゃん」  先輩の声がかすかに漏れる。その先輩の声を拾ったのは、そいつではなかった。  そいつの横をちまちまと、そいつ以上にたどたどしい足取りで歩く、ニンゲンだった。 「おばあちゃん、せみさん〜!」
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