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3
愛を育む舞台の、建物は同じでも、さすがに部屋は先週と異なる。
しかし、室内の雰囲気は一緒だった。
タバコと埃とカビと……。独特の空気に、むせ返りそうだ。
顔をしかめた壱子は、しかしその匂いが引き金になったのか、朧げになりつつあった一週間前の情事を、その内容を、ありありと思い出してしまった。
――あの夜は、ああやって、こうやって……。
赤面しながら突っ立っているところを、岳登に正面から抱き締められる。
――ああ、この大きさ、たくましさ。あの日と同じだ……!
心臓が痛いほど鳴る。ぴったりと密着している岳登に、バクバクと大きなこの鼓動が聞こえたらどうしよう、恥ずかしいなと、壱子は心配になった。
「イチ……」
岳登は壱子の頬に手を置き、唇を重ねた。
「ん……」
角度を変えて何度も繰り返された口づけは、壱子の反応を伺っているかのような、弱々しいものだった。
もっと――。
焦れた壱子は岳登の口内へ、自ら舌を潜り込ませた。
「!」
岳登は一瞬驚いたように身じろぎしたが、すぐに相手の要望に応えた。
壱子の舌を捕まえて、自分の一回り大きなそれで包み、擦る。
「んっ……」
絡まる舌同士が、ぬちゃぬちゃと粘着質な音を立てる。
壱子は息苦しさに体を引こうとするが、岳登は許さなかった。壱子の後頭部に手を回し、がっちりと固定する。
「う、うぅ……っ」
弄ばれているのはまさにほんの舌先なのに、えも言われぬ感覚が全身を駆け巡る。ぐつぐつと煮えた血液が体中に回り、壱子は風呂上がりのようにぼーっとのぼせてしまった。
「はっ、はあっ……」
「イチ……。こっち……」
岳登に支えられながら、壱子は近くのベッドにそっと横たわった。
「わ……」
天井の明かりが直に目に入った。眩しいと思った瞬間、上に乗った岳登がそれを遮る。
自分を組み敷く彼は、悔しいけれどいい男だ。
「ここまで連れ込む手口とか、なんか手慣れてるなあ……」
黙っていると正気を保てないような気がして、壱子は非難めいたことを口にしてみた。
「何度も何度も、シミュレーションしたからな」
岳登はあっさり自供する。
「なにそれ……。ていうか、なんで今日もここに来たの……?」
「先週はバーッと、なんかすげえ早さで全部終わっちまって……。勿体ないだろ、そんなの。せっかく――」
壱子はムッと頬を膨らませた。
「せっかく、ヤレたのにって? ただ単にまたしたくて、私をここに連れてきたわけ?」
――私は、岳登に、なにを言わせたいのだろう。
鬱陶しい女になりつつある。壱子は自身に苛ついた。
「――そうだよ。また、したかった。イチと。おかしいか? もっとイチのいやらしいところを、ゆっくりじっくり見たかった」
少々屈折している壱子とは対象的に、岳登は真っ正直だ。
いや、そもそも彼はこういう男性だったのかもしれない。
真面目で、素直な――。
「な……! 言いかた!」
あけすけな物言いに、壱子は思わずぽかぽかと岳登の胸を叩いた。
「なんだよ。怒るなら言い直すけどよ。色っぽいのとか、可愛いのとか……。なんか、めんどくせーな……。とにかく、イチのそういうところが、もう一度見たかったんだよ……」
ぶつぶつ言いながら、岳登は壱子のシャツのボタンを外していく。
抵抗することもできるが……。壱子は動かず、羞恥の時を耐えた。
やがて岳登は壱子のシャツをくつろげると、ブラジャーの肩紐を肩から外し、胸を覆うカップを下ろした。壱子の乳房が、ぷるっとあらわになる。
「あっ……」
さすがに恥ずかしくなって、壱子は胸を手で隠そうとするが、岳登はそれをそっと押さえ、乳首に食いついた。
「ちょっ……!」
「いただきます」
「ばかっ!」
男の舌に転がされて、壱子の胸の頂きは固く立ち上がった。
岳登は乳首を吸ったまま、壱子の肌を擦るように撫で、足を開かせた。スカートの中に手を入れ、下着の上から縦に指を運ぶ。
「やあ……っ、電気、消して……!」
「嫌だね。いつもと違うイチを見たいって言ったろーが」
岳登の唇は壱子の腹を吸い、太ももを吸い、遂に股間に到達した。スカートと下着を一気に引き下ろすと、その間に顔を突っ込む。
「やっ……! やだっ!」
しかし岳登は壱子の制止など意に介さず、躊躇なく彼女の陰部を舐め回した。長く伸ばした舌で縦の溝をつるりと撫で、膨らみ始めていたクリトリスに甘く噛みつく。
「やっ、やあ……っ!」
岳登は壱子の中心を舌で嬲り、膣口からこぼれ落ちた蜜を舐め取った。身を捩って抵抗する壱子を押さえつけ、じゅるじゅると卑猥な音を立てながら、秘裂を舌でなぞる。
「もう、やめて……っ! 汚い……からっ」
「別に汚くねーけど。まあ、スケベな味はするけどな」
「ばかっ……!」
ぐちゃぐちゃと愛液が濡れ溢れた膣に、男にしては細く長い指が入り込んでくる。同時に陰核を下品にしゃぶられ、壱子はあっけなく達してしまった。
「んっ、くっ……! やあ……っ!」
「うわ、いやらしい……」
ビクビクと収縮する性器の感触を楽しむように、岳登は中に収めた指で膣内をかき回した。
「動かし、ちゃ、だめ……っ!」
「じゃあ……」
岳登はネクタイを緩めると、素早くシャツを脱いだ。
そういえば、彼は服を着たままだった。
――がっつき過ぎ。私もガクも……。
壱子は恥ずかしくなった。
しかし子供のように迫ってくるくせに、岳登は決して下手ではなく、むしろ女の扱いに慣れているのではないか。
意外なような気もするし、「やっぱりな」と納得もしてしまうし。壱子の心情は複雑だった。
その間、岳登はテキパキと裸になり、ベッドヘッドに置かれていたサービスの避妊具を、ペニスにかぶせた。
「よし、いくぞ」
「な、なんか萎えるな、その掛け声……」
「そうか? 悪いな。ちゃんとヤるの久しぶりで、勝手が分からん」
「ふ、ふーん……」
やや怯えつつ、横になっている壱子の上に、精力漲る岳登が君臨する。
今更ながら、壱子はわけが分からなくなった。
ケンカばっかりしていたあの男に、ここまでいいようにされて。最大の謎は、それが嫌ではないことだ。
「ゆ、ゆっくりね、ゆっくり……。こっちも久しぶりだから……」
いきり立ったペニスが膣口に当たると、壱子はか細く震える声で懇願した。
「おまえもかよ……。あ、でも一週間前、したじゃねーか?」
「あれはノーカン……」
「まあ、そうだな、うん。だから今日は、ちゃんと……」
「……ん」
敵の巧みな攻撃のせいで防御力の弱まった入り口に、太く硬い槍が当たる。ぐっと力強く攻め込まれて、壱子は苦しげな吐息を漏らした。
岳登の挿入は、確かに初手は緩やかだったのだが――。
「あ……。気持ちいい……、イチ……っ」
「んっ……」
最深部に到達し、岳登は小さく息を吐く。
――問題はそこからだった。
壱子のウエストを掴んだかと思うと、前後する動きを、徐々に早めていく。
「ゆ、くりって言ったじゃん……!」
どんどん丸く太っていく亀頭で遠慮なく奥まで突かれて、壱子は悲鳴を上げた。
「しょうがねえだろ。おまえん中、きゅうきゅう締まって、すごくいいし……。おまえが悪い……っ」
岳登は開き直り、無情な態度を改めない。
「あんたって奴は……!」
なんで、こんな男に体を許してしまったのか。
――嘘だ。本当は、そんなこと思ってないくせに。
「おまえは? 気持ち良くないのか……?」
わずかに動きを緩めて、岳登は壱子の頭を撫でた。額に口づけ、壱子の表情を探る。
「良く、なんて……っ」
「じゃあ、抜いたほうがいいか?」
「……っ」
「なあ、抜いたほうがいいか?」
岳登は分かっていて聞いているのだ。
性器同士で繋がって、壱子の体の最も深いところを穿ち――。
苦しいような痛いような、切ないような。だが、気持ちいい。
自分では決して至れない、快楽のてっぺん。そこへ、岳登は壱子を導いてくれる。
「バカ……っ! 意地悪! んっ、あっ、ああ……っ!」
二人で同じリズムで揺れながら、壱子は顔を背け、手で覆った。
きっと今、自分はとんでもなく情けない顔をしているだろう。
だが岳登は壱子の手を引き剥がすと、両手で彼女の顔を包み込むようにして、無理やり自分のほうを向かせた。
「こっち見ろよ」
「やっ……! ブサイク、だも……ん……っ!」
「ブサイクじゃねーよ。き、き…………キレイだよ……」
壱子は首を振る。
「う、嘘つき……。だ、って、こんな気持ち、良くて……っ。絶対に絶対に、変な顔になってる……っ!」
「……っ」
岳登は不意に動きを止めた。
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