もう一回

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 私はアドレス帳を開くと、無口くんと書かれた名を斎藤くんに変えた。  初めての感覚に不思議と胸が高鳴って、斎藤くんと出会う前と今では違う世界の様に感じる。  私は授業が始まる前に「今度一緒に出かけたい」と打ち込んで送信する。  その返事を確認したのはお昼で、今週の日曜日に会うことが決まった。  そしてやって来た日曜日。  なんだかずっと気持ちが弾んでいてお洒落もいつも以上に気合が入る。  時計を見ると十一時過ぎ。  十二時に公園で待ち合わせをしてるから、今から家を出れば十二時五分前には着ける。  私は家を出ると、高鳴る鼓動を落ち着かせながら待ち合わせ場所へ向かう。  公園に入ると見覚えのある人物が一番に目に入り、私は駆け寄った。 「来るの早いね」 「そら鈴原さんも同じばい」  メールでしか話してなかったせいか、本人を前にすると緊張する。  それに生で聞く方言は文面とはまた違う。 「鈴原さんの服むぞらしかね」 「むぞらしか?」 「可愛いって意味ばい」  可愛いなんて前の彼氏にも言われたことあるのに、何で斎藤くんから言われると顔が熱くなるんだろう。  私は誤魔化すように、これからどうしようかと話を逸らす。 「散歩でもしようか。今日は良か天気やし」 「うん、そうだね」  普通はこういう時お店なんかに行ったりするけど、散歩も意外と悪くない。  そう思えるのは、隣に斎藤くんがいるからだろうか。  そんなことを考えていたら、斎藤くんが突然立ち止まり手招きする。  何だろうと思いながら近づいていくと、視線の先には小さな桃色の花。 「何の花だろう? 小さい頃にも見たことがあるけど」 「サクラソウばい。散歩ばしとるとこぎゃん発見もあって面白かたい」  方言が混じった言葉だけど、何を言っているのかは解る。  斎藤くんは散歩をよくするのか尋ねると、大学が休みのときにたまに出かけると話してくれた。  こうしてゆっくりと流れていたはずの時間はあっという間で、気づけばもう十五時。  こんなに散歩をしたのなんていつ以来だろう。 「少し休憩しようか」 「そうだね」  近くにあった喫茶店に入り、二人飲み物を注文する。  暑い中歩いていたせいか店内はとても涼しく感じ、運ばれてきた飲み物もとても美味しい。  暑いのは苦手なはずなのに、全然苦にならないなんて不思議。  もしかして私、斎藤くんのことが好きなんだろうか。  確かに斎藤くんには今までにない感情を感じてはいるけど、これは私が今までに出会ったことがないタイプの人だからだと思っていた。  でも、もう少しでさよならだと思うと胸が苦しくなるのは違う。  喫茶店を出たあと、暗くならないうちにと帰ることになった。  なのに私は斎藤くんの服を無意識に掴んでいた。
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