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のっぺり顔が腹部の何かをしゃくれ顔に託した。しゃくれ顔はそれを膨れたTシャツの上でぎこちなく抱えた。教科書か雑誌のように見えた。本である事は確実だ。しかし、なぜこんな森の中に? 濡れるに決まっているじゃないか。手が空いたのっぺり顔が、その開けた土地の土をつま先で少しほじくり返すと、なんとスコップが現れた。すると慣れた手つきで、今度はその地面をさらにスコップで掘って行く。すぐに何かを掘り出したようだが、伏せていては何も見えなかった。かと言って、頭を上げたら確実に見つかる。はやる気持ちを必死に押し殺してその場にとどまった。
彼らはその場にしゃがんで何かしているが、皆目見当もつかない。二分もかからなかっただろう。その後、彼らは立ち上がると踵を返し、素早くこちらに向かって来たのだ。彼らが先ほどまで大事に抱えていたものが手元になく、想像以上に身軽だった。
速い。ダメだ、もう見つかる。いや、しかし、よく考えると、別に隠れる理由はなかった。今日はここに虫取りに来たのだ。それを匂わせつつ挨拶したら良い。第一声を素早く脳内リハーサルし、勢いよく頭を上げたところ、不意の遭遇に二人は腰を抜かすのではないかという勢いで大きくたじろいだ。
「いやーこの辺はいっぱい虫が捕れるんだね」
空の虫かごをぶら下げて、若干うわずった声。絶望的なほどの大根芝居だった。が、しかし動揺は相手の方が大きかった。のっぺり顔が言った。
「いやーそうだね。カブトムシいっぱいで楽しいね」
カブトムシには若干早い六月である。しかも、周囲にはそれが寄りつくクヌギの木など一本も生えていない。気まずい沈黙の後に、彼らと自分の間で「お先にどうぞ」の譲り合いが始まった。お互い帰ろうとしないのだ。言葉にならない緊張感が走った。根負けしたのはこちらだった。
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